名遠からじ、幸となす/izw ページ40
*
「伊沢A、になりませんか」
「えっ?」
今思えば、遠回し過ぎるプロポーズだった。はっきりとものを言う拓司さんらしくないなとは思ったが、そのときの私は驚きで大して頭が回らなかったのだと思う。
彼の声は震えてこそいなかったけれど、緊張が伝わってくる声だった。人前に立つ仕事に就いても尚喋るのが苦手だと言う彼。きっと相当考えたはずだ。
夜景の綺麗なレストラン、付き合って3年の記念日。伏線としては十分すぎるくらいだった。いよいよなのかと胸が高鳴って、指先が冷えてしまったのを今でも覚えている。
「…えっと」
ふぅ、と深呼吸をした彼が、紙袋から小さな箱を取り出して、ゆっくりと私の手を取った。それに釣られて私もしゃんと背筋を伸ばす。思えばこれが、覚悟を決めた瞬間だった。
目を合わせると、吸い込まれてしまいそうなくらい真摯に見つめられる。ひゅ、と私の喉が鳴って、指先に少しだけ力が篭もった。
「結婚してくれ」
その瞳は、今まで見てきたどんなときよりも真剣で、強かった。胸の底に小さく積もった不安を、消し去ってしまうような、そんな視線。
ぽっと頬が赤くなるのが分かる。この瞬間を待ち望んでいたのだと、全身が告げていた。
「……よろしく、お願いします」
ゆっくり、今の私の最大限の気持ちを込めて頭を下げる。そろり顔を上げると、目尻に薄らと浮かんだ涙を拭い、微かに震える彼の手が私の頬を撫でた。
「よかった」
張り詰めた表情だった拓司さんが、安堵に頬を緩ませた。グラスに伸ばした手はもう震えてはいなかった。
「ありがとう、」
私を選んでくれて。そして、プロポーズの言葉を考えてくれて、ありがとう。
在り来りじゃない、ちょっと違うプロポーズがいいと言ったこと、覚えているとは思わなかった。
プロポーズされた今となっては、遠回しでも、率直なプロポーズでも、どちらでもいいと思えるのだけど。
「本当に、ありがとう」
あなたの愛を受け止められただけで、幸せだから。そして同じ苗字となった今は、それ以上に。
名前と思い出リフレイン/fkr→←同じポーズをもう一度/ko-chan
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てんしゅ(プロフ) - 初めまして。いつもドキドキしながら読ませていただいております。「香りにキスして」の煙草はアークロイヤルのパラダイスティーかな?と想像しました。自分もアークを吸っているのでにやにやしてしまいました。これからも応援してます。 (2020年12月7日 20時) (レス) id: 02b4360ac3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:エリッサ | 作成日時:2020年9月26日 13時