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「家出るのこの時間なんだね」
「水曜は2限だけだから」
「私も。たろちゃんと一緒」
うわ…と引いた声が頭上から聞こえる。
「朝から慎太郎は大変そうだな」
「本当に仲良いんだね。先週たろちゃんがすごく楽しそうに松村君の話をしてくれて…」
話の流れで斜め上を見ると、彼はさっき言い淀んだ時と同じ表情をしていた。
薄く口を開いたかと思えば、そのまますぐに口を噤む。
「言ってみて？」
少し驚いて、いや、とは言ったものの、彼はもう一度考え込んだ。
その時間、ただただ歩を進めて過ごす。
「あー、のさ、」
彼の背中が私を追い越した時、暫くぶりの声が聞こえた。
「…松村君って、やめない？」
変な意味じゃなくて、とそのまま続ける。
「名字も、君が付いてるのも、好きじゃないって言うか、」
少し首を傾げながら話す様子は、おずおず、という言葉がよく当てはまる。
「北斗？」
呼び慣れない名前を呼ぶと、彼は目に光を入れて輝かせた。
「ん」
そして、あの日みたいにふわりと綺麗に微笑む。
彼の微笑みに含まれる優しさがどこか心地良い。
安心とか、平穏とか、そういう類い。
「ねえ」
「何？」
「こういう時ってお互い呼び方変えるもんじゃないの」
自分の袖の裾を伸ばしながら、ちらりと視線を向けられる。
女の子のようにいじけて見せる彼。
その辺りの女の子と比べても飛び抜けて可愛らしい。
「知らないよ」
あまりの意外性に笑いながら返した。
第一印象は冷たさすら感じていたのに、今ではころころと変わる表情に魅せられている。
「A？」
突然、神楽鈴が振られた。
頭の中で、しゃらん、と音がした。
彼の口からこぼれた音が自分の名前だと俄には信じ難い。
それほどに清らかだった。
「Aで良い？」
呆気にとられる私を、何を考えているのか分からない顔で覗き込んでくる。
沢山の表情の中、時折見るこの顔。
「、うん」
「良かった」
その後もなんとなく話しているうちにいつの間にか大学の敷地内にいた。
俺あっちの講義棟だから、と去っていく彼の背中をぼんやり見守る。
…私は上手く表情を隠せただろうか。
彼が紡いだ私の名前に何故か未だ緊張していた。
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作者名：この葉 | 作成日時：2022年11月22日 23時
