有力候補 ページ6
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「弟が、勝手な相談をしてごめんなさい！
ヒロにどう見えたとしても、私は今の仕事を嫌だとは思っていないよ。むしろ誇りを持ってやらせてもらってる。
異動だって、まだ全然考えていないもの」
「ああ、Aから異動願いが出ていないのは総務課長として把握している。相談室の仕事の重要性と、それに対するAの貢献度もね。
まあしかし、ヒロアキ君の気持ちもわからなくはないよ。大切な人にはいつも幸せに笑っていて欲しいと願いたくなるものだから」
「……」
そうだね。
マサトはいつもそう言ってくれてたね。
だけど…私は……。
「――西村課長！」
総務課の経理係長が、マサトを見つけてテーブルに近付いて来た。
「あ…いや、小笠原さんもご一緒だったんですか。これは失礼しました、あの…」
「ああ、小笠原さんとは月曜日の苦情の件で話をしているだけだから、気を廻さなくていいよ。何？」
バツが悪そうだった経理係長がホッとした顔で顔を上げる。
「ああ、そうでしたか。
お食事中申し訳ありません、実は午後からの打ち合わせの件で、急ぎで確認なんですが…」
差し出された資料に、ちょっとごめん、と私に断って、マサトは経理係長の方に身体を向けた。
「ああ、これは人事課長に話を通してあるからB案で。例の削減案をちらつかせて、向こうからこの数字を引き出せ。後の責任は俺が取る。
こっちの案件は、企画部が裏で情報を持ってるはずだから先に確認が必要だよ。念の為に手持ち資料でも過去10年間の数字の推移を一覧で用意しておいて。
あとは…」
矢継ぎ早に出される指示を経理係長はメモに書き留めている。
マサトの仕事ぶりは社内でも高く評価されていて、今の総務課は彼なしでは廻らない。
総務課長に昇進して1年しか経っていないというのに、もう次の異動で総務部長か企画部長に昇進じゃないかという噂が流れていて、事務方幹部の有力候補の1人だと言われている。
用意周到で冷静で。
何より会議や交渉事での駆け引きで、右に出る者はいない。
マサトは、私にとって頼りになる同僚であり、尊敬できる目標だった。
そんな彼と付き合っていた頃の私は、自分の気持ちが恋愛感情に育たないことが苦しくて、マサトの気持ちに応えなきゃ、笑わなきゃって、そんなことばかり気になって。
自分を抑え込んでしまっていて、いつも気を張ってばかりで。
肝心な“笑うことの本質”を見失っていた気がするよ。
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作者名：kico
| 作成日時：2017年9月27日 15時
