【春・小田切】 春の名残2 ページ26
「・・・何しに来た?」
小田切は動揺を隠しつつ、極力、声を絞って福本に尋ねた。
「貴様を連れ戻し」
「断る。」
小田切は福本が話終える前に間髪入れずに答えた。
「まだ、最後まで言ってないが。」
「どうせ、早まったと思って連れ戻しに来たんだろう?悪いが、熟慮の上だ。それに、今更あの場所に戻るつもりはない。」
「・・・貴様の事だ。当然、決意は固いのだろうなと思った。」
福本はやれやれと、小さく溜息をついた。
「俺の考えは変わらないと確信しているのに、何故、貴様はここに来た?見送りのつもりか?」
「それこそ、貴様の望む所じゃないだろう。・・・ただ、餞別を渡しに来ただけだ。」
そう言って、福本は無造作に包みを渡した。
「・・・これは?」
小田切は福本から手渡された紙の包みを怪訝そうな顔で持ち上げた。
心無しか、若干温かい気がする。
「おにぎりだ。さっき急いで握って持ってきた。・・・本当はこういう場合、何か贈答品でも送ってやればいいのかもしれないが、証拠に残るような物ではまずいかと思ってな。おにぎりなら食べてしまえば残らないだろう。」
D機関を去る時の餞別がおにぎりとは拍子抜けだが、今の小田切にとっては存外ありがたい物だった。
何しろ、早朝に大東亜文化協會を去ってから昼まで何も食べていなかったのだから。
朝飯でも食べてから去った方が良かっただろうかと、厳禁な事を考えていた所だった。
「ありがとう。列車の中で食べるとでもするさ。」
そう言って、小田切は包みを脇においた。
「別れの挨拶くらいしていったら良かったのにな。」
「誰にも知られずに去りたかったんだ。・・・それなのに貴様に見つかるとはな。」
小田切はやれやれと肩をすくめた。
「貴様がいなくなったと皆が知ってから、大変だったぞ。神永と波多野は貴様を責めすぎたと落ち込んでいたし、甘利は2人をなだめるのに苦労していたし、三好は明らかに不機嫌だったし、田崎と実井は顔にこそ出さないが心配している様子だったし、秋山は貴様を探そうと飛び出しそうになっていたのを俺が止めたし、色々と苦労した。」
「そうだったのか。」
小田切にとっては少し意外だった。
たとえ、同期であろうと他人の事なんて関係無さそうな化け物たちの筈なのに。
(彼らが動揺なんてしたのだろうか?想像もできないが。)
だが、それはそれで彼にとっては面白い気もした。
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作者名:有馬 | 作成日時:2017年1月7日 22時