ロジック (ページ9)

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「ごめん、こんな話して」

「いや、俺から話ふってる訳やし。というか、今どき見合いで結婚前提の付き合いなんてあるんやな。それがびっくり」

親が資産家だという事情を伏せて話している
から、余計に珍しいことだと思われるのも納得だ。

「まあ、普通そう。この時代に、ありえない。だけど、それがまかり通ってしまっている場所が、まだ世の中にあるんだよ」

「へえ、勉強になるわ」

「そんな世界にいるとね、本当に、時々どうしようもなく虚しくなるんだ。
自分が社会とか、時代とかに、取り残された異物みたいに思える。
だけど…その世界しか知らないから。だから私は、そこで生きていくしかない」

お酒が回り始めているのか
溢れ出る思いは、すべてそのまま言葉にして吐き出されていて

こんな酔っ払いの自分語りうざいよな、なんて思いながら男を見れば

彼は何も言わず、ただ私を見つめている。

真っ黒な瞳は、どんな感情を持ってこちらをみているのか、読み取れない。

店内に小さな音でかかるクラシックが私たちのあいだの沈黙を流れる。

饒舌になりすぎてしまったことに少し後悔を覚えはじめたころ

「なあ、これからちょっと付き合ってくれん？」

すこし伸びた声が耳をかすめた。

店を出ると、もう空はすっかり暗くなっていて
怪しげに光るネオンの看板がいっそうにギラギラと輝いている。

澄んだすこし冷たい空気が
お酒で火照った頬をなでた。

「どこに行くの？」

「んー、まあちょっと」

「そればっかり」

「秘密の方が、わくわくするやろ？行こか」

目的地がどこかも知らされていないのに
男が柔らかく微笑んで歩き出すと
私の足は自然とそれについていった。

視界をうめる、大きな背中。
広い肩幅。
長い脚。

カウンターでは座っていたからあまり分からなかったけど
こうして見ると、スタイルの良さがよくわかる。

通り過ぎていく道のりには
缶チューハイを片手に地べたに座り込む若い男女や
安っぽい蛍光色で派手派手しく掲げられている「無料案内所」の看板
疲れた顔で早足に歩くサラリーマンの姿。

そのどれもが、決して綺麗な光景ではないのに、私は目に焼き付けるようにじっと見つめた。

みんなの日常であり、社会。

いつか連れて行ってもらった水族館の、大きな水槽の中で泳ぐ魚たちが頭に浮かぶ。

ここでは、私もその魚の1匹に、なれているなだろうか。