ロジック (ページ5)

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「何かあっては私がご主人に怒られてしまう」

焦りながらわめく運転手を早々に撒いて

彼との別れを済ませて店を出たあと

当てもなく街を彷徨い歩いた。

見渡す限り、視界に映る人、人、人。

都会は人で溢れている。

普段街に一人で繰り出すことなどない私にとって
大勢の他人が、誰も彼も何も興味などないというように物を、人を避けて慌ただしく歩いている光景は

異世界に迷い込んだようだった。

私が家の外を出るときには、必ず誰かがそばにいた。

運転手が、付き人が、両親が…婚約者が。

生まれてからそれがずっと当たり前で、疑うことも煩わしさを感じることもなく生きてきたけれど

今日は、今日だけは1人になりたかった。

誰の存在も、隣にいて欲しくない。

ぐるぐると、街の中の、同じ場所を辿る。

あやしげに光るネオンをまとう看板や
開放的なオープンカフェ
子供で賑わう公園

すべてが一つの同じ街にある不思議。

20も半ばを過ぎた年で
はじめての感覚だった。

「あの、お1人ですか？」

薄暗い照明のバーカウンターで、カクテルを飲んでいると
２つ隣の席から、ぎこちない声がこちらに向けられたことに気付く。

見ると、スーツを身に纏った爽やかな風貌の男性が遠慮がちに微笑んでいる。

「はい、そうですが」

「よく、ここに来られるんですか？」

「いえ。今日が初めてです」

「そっか。ここ、いいですよね。落ち着きがあって」

男の言葉に、ぐるりと店内を見回して
たしかに偶然みつけたにしては、いい場所を選んだなと思った。

長時間歩くことに慣れていなかったために悲鳴をあげた足を休ませるために、この店に入ったのは、１時間ほど前のことだ。

空を見上げれば
朱色の空が藍の色に変わる境い目で

それでも家に帰る気にはなれずにいたのは、
母からの電話が頭にこびりついていたから。

「A、先ほど、先方から聞きましたよ」

電話に出るなり、母からの第一声はそれだった。

主語がないまま、唐突に本題に入るのは母の悪い癖だ。

いつも突如始まる話に、一瞬理解が追いつかない。

けれど、今回は違う。
何を、誰から聞いたのか、なんて
聞かなくても分かる。

「2年も時間を費やしたのに、今更。なんて失礼なんでしょうね。Aに恥をかかせて」

落ち着いた声で淡々と話してはいるが
言葉の端々の棘に、相当怒っていることは容易にわかった。