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A｢及川さん！もう遅いから上がっていいですよ。｣
いつも通りお店の閉店作業をしながら、先月からアルバイトとして働き出した及川美里に声をかけた。
大学3年生の美里は、元気でよく働くし、礼儀正しい。
美里｢ありがとうございます。お先に失礼します。｣
そう言って深々と頭を下げると、エプロンをロッカーに片付け、お店を出ていった。
(さて、ホールの掃除をしなきゃ。)
うちの居酒屋は昼営業も兼ねていて、11時にオープンし、23時にようやく閉店する。
その間30分休憩が2回。実のところ平社員はかなり多忙だったりする。
掃除が終わって倉庫の在庫を確認し、
発注書を作成していると、店長が部屋に入ってきた。
店長｢百瀬さん。お疲れ様。｣
A｢お疲れ様です。｣
軽く会釈して、またテーブルに向き直った。
店長｢これから来月のシフト組むんだけど、百瀬さんは希望休出さなくていい？｣
A｢はい。いつも通りで大丈夫です。｣
この会話をするとまた１ヶ月が終わることを思い知らされる。
やっと3月だ。少しは暖かくなるだろうか？
店長は作業をしながらも、沈黙を埋めようと話しかけてくれる。
店長｢うちは忙しいから、辞めて行く人が多くて人手不足だろ。だから、百瀬さんにはいつも感謝してるよ。｣
A｢そんな…。迷惑かけてばかりですし。｣
店長｢そんなことないよ。接客業には得意不得意があるんだ。百瀬さんにも上手く出来る日がきっと来るから。｣
働きだしてもう一年。
接客態度は少しも成長していない。
そんな私を店長はいつもこうやって励ましてくれる。
A｢ありがとうございます。そうなれるといいのですが…。｣
私はロッカーから色褪せたショルダーバックを取り出すと、お辞儀をして部屋を後にした。
静まり返ったホールを見回しながら、昨日のことを考える。
“俺とお前の生い立ちが似てたから…とか？”
拓弥が昨日帰り際に発した意味深な一言。
拓弥は半年前にここで出会う以前から私の事を知っていたのだろうか。
いや、きっとそう言って私を悩ませて楽しんでいるだけだ。そうに違いない。
1人で勝手に納得すると、歳月のせいで随分重くなった引き戸を思いっきり開けた。
すると目に飛び込んできたのは、見慣れた長身の男だった。
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作者名：雪ノ宮霜 | 作成日時：2018年2月14日 21時
