11 ページ11
「こちらペアチケットですね、お預かりします」
受付の人のそんな言葉ですら、私の心を震わせる。
こんな幸せ、あっていいんだろうか。
周りから見たら、ごく普通のカップル──に見えるのかな。
入り口を抜けてエスカレーターを上って、まずはサンゴ礁、クラゲなどのエリア。
平日だからかお客さんはそんなにいない。
まわりはほとんど学生と思われるカップルで、子ども連れは少しだけ。
薄暗い照明のなか、あちこちの水槽がぼんやりと光を放っている。
そのなかで揺らめくクラゲたちを眺めていると、不思議と心が落ち着いてくる。
癒されますね、くらいしか感想がなくて、
どう会話したらいいのかわからない。
店長を見ると、説明のパネルを集中して読んでいる。
こういうの、少し意外かも。
「俺、水族館なんて20年ぶり」
『そうなんですか?』
示された順路に従って歩いていると、店長がそんなことを口にした。
この水族館は都内でも有数のデートスポットで、
店長ならよく使ってそうなのに。
「小さい頃はよく来てたんだけどね」
「水族館って怖くない?
俺、昔 水槽が壊れないか不安で」
「ほら、ああいうところとか」と店長が指す先にはトンネル型の水槽。
ちょうど真ん中へ行って水槽を見上げると、外の光が水を通ってきらきらと揺れる。
「それに…この魚たちはさ、急に家族と離れ離れにされてここに入れられてるわけじゃん。それって悲しくない?だから俺、あんまり楽しめなくて。
でもある時、ここでみんな家族になったんだよって言われて。
小さい俺を宥める大人の言い訳だったかもしれないけど、確かになー、って。
水槽での暮らしも悪くないのかもしれない。それも…なんか切ないけどね」
165人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きたほ | 作成日時:2021年2月4日 17時