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「どうぞ」

後ろに下げてあるイスを一脚、ピアノの近くへ持ってくる。ここへ座っていいらしい。

「あの、一応言っておきますけど、聴かせるようなもんじゃないんで」

『もちろん、私が勝手に聞きたいだけだから。気にせず、いつものように、どうぞ』

その言葉を聞くと、ふっと笑ってピアノの蓋をあけた。比較的薄めな身体から伸びる腕と手を初めてじっくり見たけれど、華奢である。でも、骨ばっていて男らしくもあった。
紡ぎ出される音楽は、小気味良いポップス…?ヒップホップ…?音楽のジャンルはよくわからないが、そんな印象だ。
勝手にクラシックを想像していたから少し驚いた。矢花くんがクラシックを弾くイメージさえあまりないけれど、ポップスはもっと似合わないと不思議と思ってしまった。あまりこういう曲を聞かないからわからないが、有名な曲なのだろうか。右手が奏でるメロディーは、まるで昔から知っていたかのような受け入れやすさがあった。

『これ、有名な曲なの?』

演奏が一区切りついたところで聞いてみた。流行りの音楽に詳しくなくても、矢花くんはそういうのを馬鹿にしないだろうと思った。

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作者名:きたほ | 作成日時:2020年8月18日 2時

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