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正直、彼から連絡が来たところで喜べるのかわからない。今はもう何気ない日々を送ることが当たり前になっていて、そこに彼がある必要はないのかもしれない。振り返ってみると、あの日々は私の空想だったのではないかとさえ思える。良い感じにフィルターがかかって、全てが映画のワンシーンのようなのだ。

心地よい春風が吹くと同時に信号が青に変わった。こういう待ち時間にこそ感傷にひたってしまう。いけない、現実へ戻ろう。今日はこれから初めて私がリーダーを務めるプロジェクトのミーティングがあるのだ。今を見て、今を生きよう。そう言い聞かせ、早足で急ぐ。横断歩道を渡りきったところで、頭上の街頭モニターから流れる曲が耳に入った。このメロディー、どこかで──。それが分かり、確信へと変わるのと同時に喧騒が薄くなる。自分でも無意識に、メールを送っていた。
「渋谷、流れてる」
文章を考える余裕なんて無かった。とにかく、なにか動かなければ。そんな衝動が、指を動かした。
その直後であった。モニターから流れるサビに遅れて、そのメロディーは繰り返された。
「もしもし」
顔の赤らみと溢れた水が伝わってしまいそうな私の声を優しくなだめる低く甘い声で、その言葉は繰り返された。

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作者名:きたほ | 作成日時:2020年8月18日 2時

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