・ ページ33
俺はAと別の大学へ進学した。
Aと一緒に過ごす時間は格段に減った。
それでも2人とも実家から通える距離に大学があったことが唯一の救いだ。週末はAと必ず会うことができた。
付き合い始めの時期は正直しんどかったが、6年もすれば嫌でも慣れてしまう。
今日は梅田の駅ビルの高層階にある喫茶店へ行き、Aとひたすら取り留めのない話をしていた。幸いにして修士論文は完成しているため、比較的時間に余裕はある。
「しょっぴは就職はこっちなの？」
「うん」
「よかった、また一緒にいられるね」
俺は照れ隠しをするようにホットコーヒーを口に含む。学位で卒業して先に社会人になったAと離れないように、就職先は意地で地方転勤のない研究職を選んだ。
「職場には実家から通うの？」
「いや、さすがに社会人になるし、一人暮らしする予定」
「いいなあ」
ストローでアイスティーの氷をカラカラと鳴らしていた手が止まった。Aの長いまつ毛はどこか悲しげに伏せられている。
「親御さん、許してくれんかったん？」
「うん、やっぱり女の子の一人暮らしは危ないって。もう社会人なのになあ」
Aはストローを咥えると拗ねたように唇を尖らせた。
Aは大学に入った時からずっと一人暮らしがしたいと言っていた。俺もお互い一人暮らしだったらどれだけ良かっただろうかと思う。
でも、俺が学生時代に安易に一人暮らしをしなかったことにはちゃんと理由がある。
「じゃあ、おれと一緒に住まへん？」
Aが実家から出たいなら、その口実を俺が作ってあげたかったからだ。
Aがストローから口を離し、ほとんど空になったグラスをテーブルに置く。白いストローにAの濃いピンク色の口紅が移っているのが、やけに生々しかった。
「それって、同棲ってこと？」
「そういうこと」
「確かに1人じゃないし、私の親はしょっぴくんのこと信頼してるし……」
ここで大学4年間と大学院2年間の合わせて6年間かけて、Aの両親と信頼関係を築いてきたことが生きてくる。
「おれも親御さんにちゃんと交渉したいから、今度そっちに伺ってもええ？」
「それは勿論いいんだけど……」
Aは俺の顔を覗き込んだ。その目は無邪気な期待の色をひた隠しにするように、不安げな表情を浮かべていた。
「しょっぴはそれでいいの？1人の時間とか無くなっちゃうよ」
「Aと一緒に住めるなら、別に構へんよ」
俺は君の生きる術になりたい。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 138人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
