【d!】紫煙に口づけ【shp】 (ページ31)

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君のよすがページ31

よすが【因、便、縁】
①頼りとするもの
②手段
③縁者、転じて家族

卒業式後、同級生から『屋上に来て』という不穏なメッセージを受け取った。俺は既に誰もいない校内の階段を2段飛ばしで駆け上がる。

建付けの悪いドアを乱暴に開け放つと、既に薄暗い屋上に出た。日はとうの昔に西に沈んでいて、夜の冷たい風がジャケットの隙間をくぐり抜けてくる。全力疾走したせいでＹシャツの下に僅かに汗をかいていたが、春らしからぬ風で冷えて思わず身震いした。

僅かに残った温もりを逃すまいと腕を組み、屋上を見渡す。俺は屋上の端の方に、メッセージを送った張本人を見つけた。

「A、まだ帰らんの？もう校内誰もおらんよ」
「こっち来ないで」

屋上からの景色に目を向けたまま、Aはぶっきらぼうに返事した。俺はその意固地な態度に懲りることなくAの横に立つ。Aにぞんざいに扱われるのには、3年間も一緒に過ごしていれば慣れてしまう。

「何泣いとんの」
「泣いてない、放っといて」
「はいはい」

呼んだのはそっちやろ、なんて野暮なことは言わない。俺はAのぽんぽんと撫でる。さらさらとした細く冷たい黒髪に指先が埋まって心地よい。

「いたい」
「嘘つけ」
「いたいもん…しょっぴがなぐった、ばーか」

俺の手がAの頭に触れた弾みで、合わさっていた長い睫毛の隙間から涙が零れた。そこでタガが外れたのか、俺が聞かずともAが泣いている理由がはっきりした。

「ふられちゃったあ」

俺は何も言わずにAの頭を自分の方へ引き寄せた。化粧が移ると拒否されるかと思いきや、Aは大人しく頭をこてんと俺の胸板に倒した。シャンプーの健康的な香りがAの髪からふわりと立ち上る。

「ずっとすきだったから、こくはくしたの」

知ってる。
どれだけそいつの話に付き合わされたと思っとんねん。

「べんきょーも、めいくも、がんばったのに」

知ってる。
そいつの好みになろうと必死に努力するAを、ずっと傍で見てたから。

「あいつ、かんとーのだいがく、いくんだって」

…ごめん、知ってる。
本人から聞いたその情報をAに伝えなかったのは、ただの俺のエゴだ。

「もう、ぜーんぶ、だいなし……」

投げやりな言葉と共に、Aは遂に俺に体重を預けてしまった。Aを支えるという名目を得た俺は、両手をAの背中に回した。俺よりひと回り小さな手が、縋るようにジャケットの襟をぎゅっと握り締める。