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『よし、帰るか』
「送ってきますよ」
『えー、バイク寒いからなぁ』
「こっから近いし一瞬一瞬」
『……まぁ、最後だしね』
彼の大きなバイクへと跨ろうとすると、ホルダーを空けて半ヘルを出してハンドルにかけてあったフルフェイスを私に手渡してくる。ライダーの方が絶対寒いのに、そういう所だよなぁ。
有難く拝借して被るも、ベルトの留め方が分からずにまごついてしまった。それに気付いたショッピくんは、ふ、と笑って私の頭の高さまで視線を下げて留めてくれた。最中に一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。
改めて跨ると、慣れない重心に背中を掴んでしまった。振り向いたショッピくんが「あぁ、そうや」と思いついたように私の両手をとって自身のジャケットのポケットの中に私の手を突っ込んだ。
「これで寒くないでしょ」
重いエンジンの音が鳴って、バイクが走り出す。向かい風の冷たさも、曲がり角で傾く恐怖も、何も気にならなかった。彼のポケットの中の温かさが知れただけで幸福だと思った。
.
家の前まで送ってくれたショッピくんはバイクから降りることもせず、ただヘルメットを受け取った。自分の半ヘルを脱いで前髪を整えるように数回頭を振ったあと、彼は何かを考えるように思案したあとバイクから降りて私に向き直った。
「あの、荷物ってもう全部纏め終わってます？」
『え？あぁ、大体は……？』
「それ、あげます」
ぽん、と同時に渡された半ヘルとショッピくんの顔を何度も往復して見ると、彼は私の手の中にある半ヘルをとんとんと叩いて「大事にしてくださいね」と私が受け取る前提で話を進めた。そういう所あるよね君。
『な、なんで』
「……いや、自惚れやったらあれなんすけど、」
『ま、まって、聞きたくない』
「分かってますって。俺やってこの期に及んで下手なこと言えませんし」
「ただ、随分と離れ難そうに見えたんで」
思い出だけでも、一緒に連れてってください。
その一言だけ残して、また彼は寒空の中バイクを走らせて行ってしまった。
ダンボールの積み重なる部屋に、この半ヘルは余りにも浮いている。とはいえ、ダンボールの中に無造作に突っ込むのも……と結局何も無い部屋の中で抱えてしまっている。ほんの少しだけ、煙草の匂いが移っているヘルメット。きっとこの香りもいつか、摩耗して消えていってしまう。
分かってる、と言った時点で、彼だってきっと同じだった筈なのに。
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