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この関係に、名前が欲しい。
嘘偽りない、真実の名前が。
自由の謳歌を願っていた気持ちは時間とともに、隣に居りたいと熱望する、切々とした恋心にかたちを変えていた。
．
入試が終わり、卒業式を迎えた。
胸に安っぽい造花をつけた自分の姿が、一年前の誰かを思い起こさせる。
廊下や体育館、距離が離れたなかでそれでも彼女と視線が交わるたびに、会いたい、話したい、触れたい、そんな思いがとめどなく募った。
すべてを終え、隣のクラスに足早に向かう。
ドアから顔を覗かせ、「行くで、A」いつもの言葉を口にした。
このクラスの空気感にも慣れたものだ。
教室の真ん中あたりでクラスメートと談笑していたチーノが、こちらに手を振った。
目配せする間に彼女が隣に並び、丁寧に指を絡ませ歩き出す。
手のひらに閉じ込めた体温を感じながら隣を見下ろすと、彼女は柔らかくはにかんだ。
春の陽光に似たその眼差しは、彼女の眩しさに拍車をかけた。
どちらともなく向かった先は、一年前の誰かが頭を下げた、始まりの場所だった。
足を止め、目も眩むような思いで繋いだ手を引き寄せる。
彼女の体は、俺の腕の中にいとも容易く収まった。
背中に手を回し、首筋に顔を埋める。
せっけんの香りとお日様のような芳しさが、鼻腔いっぱいに広がった。
「…ずっと、こうしたかった」
時々一緒に勉強して、手を繋ぎ、帰り道を歩く。
ただそれだけの関係は、その先を許さなかった。
彼女の手が、おずおずと背中にまわされる。
俺は嬉しくて、二人の隙間を埋めるように、抱きしめる腕に力を込めた。
「…好きや。卒業しても、Aの隣に居りたい。色んなとこに、一緒に行きたい。抱きしめて、…キスしたい」
腕の中でみじろいた彼女は、くぐもった声で「私も…」と答えた。
俺は腕の力をゆるめ、彼女の桃色の頬に右手を添えた。
そっと撫でると、手のひらに吸い付くような柔らかさに目眩がした。
顔を近付けると、彼女は潤んだ瞳を目蓋の下にしまった。
互いの唇が、音もなく重なる。
途端に、痺れるような甘さが広がった。
その先が許された関係は、胸を締め付けるような甘苦に満ちていた。
クソ先輩の説き伏せ方は、あとで考えよう。
そんな思考を頭の隅に追いやり、少し冷たい唇が温かくなるまで、俺は何度もキスを繰り返した。
幾度となく辿った帰り道を歩くのは、今日が最後だろう。
そんな俺達が次に歩く道は、きっとこの先の未来に、どこまでも広がっている。
end.
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