猫も杓子もきみを ページ22
今年度初めて三年の担任をまかされた教師が、大学入試を控えた受験生としての心構えをくどくどと述べたかったるいSHRを終え、隣のクラスに足早に向かう。
たった数歩、されど数歩。
ドアから顔を覗かせると、教室の構造は同じはずなのに、自クラスとは異なる空気感に一瞬たじろぐ。
「ショッピくんやん！」
教室の真ん中あたりでクラスメートと談笑していたチーノが、目敏く俺に気付いた。
ふわふわの髪を揺らして駆け寄ったチーノは、「どうしたん、なんか用事？」と首を傾げた。
面倒くさい奴に見つかった。
胸中の悪態はそのまま顔に出ていたらしく、大仰にめそめそするチーノが心底ウザい。
「捏島さん呼んでほしいんやけど」
かまわず要件を伝えれば、「Aちゃん？ええよ、でもなんで？」とさらに突っ込んでくる。
こいつ、わかっててやってるな。
眼鏡の奥で細められた双眼に愉悦の色をにじませながら、「俺も共犯になったるよ？」小さく囁いた。
思わず溜め息が漏れる。
吐き出した呼気以上に新たな空気を肺に取り込み、半ば自棄になりながら、滅多に張らない声を上げた。
「A！！！」
途端に、あれだけ騒がしかった室内が静まり返る。
まぁそうなるやろな。
当事者でありながら、一歩引いたところで現状を眺めている感覚。
皆が静止する中で唯一俺に駆け寄った人物が、控えめに隣に並んだ。
「えーと、ショッピくんとAちゃん、どういうこと？」
皆に背を向けているのをいいことに、戸惑う声とは真逆のにやけた顔を隠しもせず、チーノは笑いをこらえて肩を震わせた。
それが皆からすると混乱しているように錯覚するのだから、共犯を買って出たこの男の計算高さは心強い反面、脅威でもある。
そんなチーノへの牽制も含めて、俺は彼女の手をとり指を絡ませた。
見せつけるように繋いだ手を軽く掲げ、一言。
「俺ら付き合うてるし」
「行くで、A」彼女の手をぐっと引く。
歩き出しの勢いで乱れた彼女の歩幅が整う頃には、置き去りにした教室から悲鳴混じりの叫声が響いた。
．
手を繋いだまま校門を出て、彼女の家に向かって無言で歩いた。
同じ制服を見かけなくなったところで手を離し、俺達はどちらともなく長い溜め息を吐いた。
「こんな感じで良かったんか…？」
「たぶん…？」
往来で顔を見合わせ首を傾げるその姿は、さぞかし滑稽だったろう。
しかし、三月に卒業したクソ先輩の注文はそれなりに守れたはずだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 138人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
