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｢もう一度、初めからやり直せるなら。俺はあの人よりももっとずっと早くAさんのことを見つけられるって、変な自信があるんです｣
｢……ほんと、変だね｣
｢だめですか？｣
固く結ばれた手にどちらともなく力がこもる。だめか、なんて。だめに決まってる。けれどそれを振り解こうとも思えないあたりわたしは本当にずるい女だった。
｢……なぁんて、本気にしました？Aさんってすぐ騙されますもんね。そのせいで俺なんかに捕まって、素直に自分のしあわせを喜べへんのやから不憫な人っすわ｣
今度はゆるりと、悪戯が成功した子どものように口角を緩ませる。ああ、その顔。わたし、本当に好きだったんだ。
｢あんたの隙に漬け込んだこと、許してほしい、なんて言いません。俺を置き去りにしようとするAさんを許したりもしません。俺って、本当は結構我儘なんです｣
砂浜の方へと腕が引かれる。
｢ああ、日が沈んじゃいますね。そろそろ帰らへんとな｣
そう、さようならの時間が傍まで差し詰まっていた。
｢また、明日も。明後日も。いつでも。俺はAさんをどこへだって連れていきますよ｣
また明日、なんてわたしたちにはないの。
｢Aさん。次はどこに行きましょうか｣
次なんて、だめなの。わたしはもうこころに決めたのだから。頼りなく繋ぎあっていた指先を解いて、両腕で抱きしめてくれるあの人の傍で生きていくんだって。
｢⎯⎯⎯っ、ショッピ。もう、もう、っ｣
手を離して、さようなら。
そんなナイフのような言葉を吐こうとした。けれどそれが音になる前にぐっと腕を引かれて、先に続くはずの言葉を拒むように酷く冷たい口付けが降る。
｢……また、明日。｣
鼻先が触れる距離で紫瞳が細まった。微かに鼻をくすぐった甘い煙草の香りにくらりと目が瞬く。項に触れた片手がそうっとわたしを引き寄せて、彼は解けそうな指をまた頼りなくも結んだ。
｢……うん。また、ね｣
⎯⎯⎯ああ。結局、言えなかった。手放せなかった。なんて最低な女だろう。わたしはこの腕に抱かれる時間を、こころの底からしあわせに感じていたんだ。決して愛を囁いたりなんてしない。不器用で、優しくて、ずるいその男にたしかに恋をしていた。
きっとこの先もこんな関係が続くんだ。さようならの時間はとうに過ぎてしまった。
ゆっくりと日が沈む。夕暮れを呑む海から目を逸らす。わたしたちって、ほんと、馬鹿で最低ね。
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