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｢狡いままで、いさせてくださいよ｣
君はわたしのことなんかすぐに手放せると思ってた。
けれど、違ったみたい。
｢正直、悔しいです。あの人より俺の方がずっとAさんのこと理解してると思っとった｣
｢……その通りかもね｣
｢俺がもう少し早く生まれてれば、あの人より早くAさんを見つけられてたら、なんて。ふふ、くだらないことまで考えちゃうくらい俺、あんたのせいで馬鹿になってもうたんや｣
君って、なんでもないような振りして、わたしに背中ばっかり見せて、でも本当はこころの底で泣いてたりしたのかな。
｢ショッピ、ねえ、わたし、｣
｢っふは、ほんまに馬鹿やわ。思ってもないこと口から勝手に出てまうし、なんやねん今日、最っ悪や。Aさんのせいや、……Aさんの、せいですから｣
すきだよ、なんて言ったら。君はわたしをどうする？
｢ごめんね、ショッピ｣
｢……怒ってませんって｣
言えるわけ、なかった。二兎追って一兎を得てしまった最低なわたしにこれ以上を欲張る権利なんてない。彼がどんな手を使ったとしてもわたしの明日は変わらない。だというのに、わたしは彼にどうしてほしいんだろうか。彼は、わたしをどうしたいんだろうか。
｢……海、入らないんですか。せっかく来たのに｣
｢ばか、こんな寒いのに入るわけ、｣
｢足くらいならいけますって｣
ショッピはわたしの手を攫うように握り、そうしてゆっくりと海辺へ歩きだした。波打ち際に靴を脱ぎ捨てて、急かされわたしも靴をほっぽって、ふたりそろって痛いくらいに冷たい海につま先を沈ませる。
｢うわ、つめた｣
｢うー……ばかばか、風邪ひいちゃうじゃん……｣
｢Aさん。俺、このままあんたとふたりで海の底に沈んでもええと思ってますよ｣
｢……は、？｣
｢俺が何を言おうとも、何をしようとも、Aさんが俺のもんになることはないんやって、分かってるんです。しあわせそうなあんたの隙を狙って、あの人から奪いとろうとした罰やろか。俺たちふたりがしあわせになる方法って、ひとつしかないと思いません？｣
ここでわたしはようやく彼の顔を見上げた。すると、そこにあったのはどこか困ったように眉を下げてくしゃりと笑う姿だった。泣きだしそうで、堪えて、馬鹿を言って笑う。そんな風に見えたんだ。君はいっつも小さく口元に笑みを浮かべるだけなのに、見栄を張るように大きな口で笑うその姿がわたしの心臓をきゅっと苦しくさせた。
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