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脱ぎ散らかしていた衣服を掻き集め、髪を梳いて、太陽が真上にのぼった頃に家を出た。ここは彼がひとりで暮らすアパートで、もう戻ってくることはないのかもしれないと思うと外へと向かう足は軽いとは言えない。
｢ほい、メット｣
｢……ねえショッピ。このメット、貰ってもいい？｣
｢そもそもAさんのやし、ご自由にどうぞ｣
｢そう、だったね。ありがとう｣
｢ん｣
屋根もない駐輪場にぽつんと置かれたバイク。ふざけてボディに貼ってあげたスナック菓子のおまけシールは剥がされないまま色褪せて、手渡されたヘルメットは傷だらけ。ショッピと、わたしと、ふたりを乗せて走る彼の愛車。
｢はよ後ろ乗ってくださいよ｣
｢はあい｣
君は色んなところに連れていってくれたね。大学時代に出会って、なんて生意気な口を利く後輩だろうと腹を立てることもあったけれど、わたしが些細なことで落ち込んでいた時なんてすぐに気づいては適当な理由をつけて遠くに連れ出してくれた。
わたしは不器用で、それでも優しい君に甘えてばっかりで。結局今の今までずるずると、離れそうで離れられない関係を続けちゃったんだ。
君は最後までその不器用な優しさでわたしを甘やかすんだね。ずるい、そんなのってずるいなぁ、ショッピ。
｢ねえ、どこ行くの！｣
｢あんたが好きそーなとこ｣
｢どこ！｣
｢さて、どこにしましょうかねぇ｣
彼の愛車に跨って、細くてもやっぱり男らしいその背中に腕を回して、秋空の下を駆け抜けて。流れる景色の彩りが変わってゆくのを君と何度目にしただろう。
わたしたちって、さよなら、なんて言葉ひとつじゃお別れできないくらいに思い出がありすぎるよね。
｢Aさん｣
風の音に負けないように、けれどやっぱりそれほど大きくない彼の声がわたしを呼んで、それにわたしはいっつも笑って返すんだ。
｢っふふ。ちっちゃくて、なーんにも、聞こえないよ！｣
｢ほんまに聞こえへんの？｣
｢なーにー？｣
｢⎯⎯⎯どこにも、行かんといてや｣
背を抱いていた腕に少しだけ、力がこもった。
｢……な、んて？｣
わたしの都合のいい耳が勝手にそう聞かせただけなのか、はたまた彼の心根にあった思いなのか、風の音が邪魔をするからどっちかなんてわからない。
ねえ、ショッピ。
｢腹減りましたねって｣
｢……はは。さっきお昼ご飯食べたじゃん｣
ねえ、ねえ。わたしね、君のことだいすきなの。
君は、どうだったのかな。
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