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「……いつするんですか?」
「……半年後です」
互いに遠慮がちな問診だった。
だって今はまだ、婚約の段階。
一年間、岸くんのファンを離れ会わずにいた間に、彼氏を見つけ婚約してしまっていたことに、私自身大して思い入れは無かった。
「……大丈夫です、今だけなら、」
そう言って指輪を外そうとすらしてしまった。
どんなに醜い罪であっても、一度の過ちに溺れたかった。
だって岸くんとなら、岸くんだから。
だけど肝心の当の相手は、
切なく瞳を揺らしたまま、指輪を一瞬ではめ直してきた。
それだけでもキュンとした。
「……やめましょ、」
「……私が婚約してるからですか?」
岸くんは目線を下ろしたまま、何も言わない。
だから質問を重ねてしまった。
「……それとも、あなたがアイドルだからですか?」
「……俺がアイドルを理由に自分を大事にできるような男だったら、最初からここに来ないです。
そもそも蕎麦屋でバイトなんかしないっすよね」
自虐っぽく顔を歪ませながらも、きっと岸くんにとっては真っ直ぐな事実であった。
「……だけど人が大事にしている物は、俺は傷つけられないんです。
アイドルとかじゃなく、一人の男なんで」
急に顔を起こしたかと思えば、
さっきよりもはっきりと、言い切られてしまった。
「ただ一年ぶりにあなたを見かけて、なんかこの人綺麗だなって思って、」
「………」
「またアイドルとしてあなたのこと幸せにしたいって思ってたんすけど、
今さっき、変な欲が出ちゃって、すいませんでした」
「……謝らないでください、」
「でもあなたはその一年の間に、俺じゃない、別の幸せにしてくれる男に出会えたんですね」
そんな風に穏やかに微笑まれてしまったら、否定出来ないほどに良心を固定されてしまって。
かと思えば、
「あーあ、くそ。
一年前のあの頃だったら、確実に俺のもんだったから、あん時にこういうことしときゃ良かったなー」
なんて、
悪戯っぽく天井を仰ぐだなんて。
"ずるい"
と言いかけた私に、
「人妻になるんすね」
爽やかな、凛とした表情。
岸くんは、プロとしてスイッチを切り替えたとばかりに、
完璧な表情で、再度私を見つめ上げた。
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さくら - とても良い作品でした。自然と物語の最後には涙があふれてきました。突然ですが、続編の方を見たく、検索してみましたが見つからず、どのようにしたら見られますか? (2018年12月15日 16時) (レス) id: 0ab5784288 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:踊れる人大好き芸人 | 作成日時:2018年7月20日 10時