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静かな楽屋にブツブツとセリフを読み上げる浅雛の声だけが響く
『こんなことしてもダメだ……いや、違う……こんなことしてもダメだっ!』
羽多野「……はい。じゃあ、お願いします」
マネージャーに出るのが遅くなることを連絡しておく
このまま浅雛の役が抜けないのは少し危ないと感じたからだ
『僕、じゃなくて俺!……違う、私……は、あれ?』
ドサッと鈍い音が聞こえ振り返ると、座っていたはずの浅雛の姿がなかった
羽多野「A君!?」
浅雛のもとに駆け寄ると、何かから体を守るかのように身を縮めていた
羽多野「A君、大丈夫?聞こえてる?」
『僕、は……ううん、俺は』
羽多野「俺の目を見ろ、A!!」
両頬を包み、顔を上げさせる
浅雛の焦点は合わず、ゆらゆらと瞳が揺れていた
羽多野「A、俺は誰?」
『実渕、さん』
羽多野「っ!」
自分の演じているキャラクターの名前を迷うことなく発せられ、一瞬動揺する
しかし、それを悟られないようにゆっくりと息を吐き、優しい表情を作る
羽多野「違うよ。よく見て」
包む手に少し力を入れ、まっすぐ浅雛を見つめる
羽多野「俺は誰、A君」
揺らぐ瞳はだんだんと落ち着き、羽多野と視線が合う
『……は、たの、わたる、さん』
羽多野「そうだよ。じゃあ、君は?」
『自分、は』
羽多野の手を一筋の涙が伝った
『あさひな……浅雛Aです』
「ごめんなさい、ごめんなさい」と肩を震わせ、嗚咽を漏らした
『ごめんなさい、僕、頭の中、ごちゃごちゃで、怖いっ』
羽多野「うん。大丈夫だよ」
「大丈夫」と繰り返し投げかけ、浅雛が泣き止むまで背中を摩っていた
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作者名:碧皚 | 作成日時:2021年9月28日 20時