破れた傘にくちづけ-クジラとペンギン-（緑紫）

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カレー屋に行かなくなったら、びっくりするほどやることがなかった。


なんや食い物もどうでもよくなって、Aに余計な心配をかけてんのはわかってたけど、何もやる気が起きなかった。


無気力


そんな時に限ってなのか、そんな時だからちょうどよかったのか。
組の中は火種がくすぶっていて、何か小さい衝突があればすぐにでも爆発して内部分裂しそうな空気やった。
そのせいなのか俺の監視役兼ボディーガードでもあるAが、やたら張り切って俺の身を守るために朝から晩までびったり張り付いている。


そんな心配せんでも自分の事は自分でどうにかするし、Aを巻こうと思えば巻けたけど、必然的にカレー屋に行きにくくなったのはよかったからそのままにしておいた。




Aはほんまによくできる子。


俺の許嫁だって認めさせるって言うて腕まくりしてうちの組に入ってきたけど、頭がよくて仕事ができるし腕も立つ。
俺よりずっと組の跡目に向いてるんちゃうかな。女組長、かっこよくない？
同い年で俺よりよっぽどスペック高いのに“若”とか言うて俺を上に立ててくれてさりげない気遣いもできる。
かわいい顔してるし。


そんで、俺のことが好き。


時々見える隠しきれない俺への好意は、ちょっとだけ俺を幸せな気持ちにする。


組を継ぐのは嫌やし、親の決めた相手と結婚するのもほんまは嫌やけど



このままずるずる流されていく俺の未来は、わりと簡単に想像できた。



ぐうたらなやくざの組長の俺のハイスペックな奥さんが作るカレーは、普通においしい家庭の味で


もちろんそこに、カレー屋はいない。




しょうもない妄想にため息をついたら、そのタイミングで運転席のAが何か言った。






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