破れた傘にくちづけ １

死神-橙- ページ39

死神-橙-






明日は雨かもしれない。


ずっと前から取材のオファーをしていた人気のグルメブロガーに急遽のアポイントが取れた、と編集部から連絡が来たのはもう夜も遅い時間だった。
しかも明日の朝の早い新幹線に乗らなければ間に合わない時間の取材。

手ぶらで行くわけにはいかないし、どこか開いている店で手土産を買わなければと思って思いつくままにあたってみるけれど、やっぱりどこも閉まっていて、どうしようもなくて空を仰いだ。




外は少し湿って霧がかった空。


朧月夜、春の月。




そういえば今日は満月だったか。









明日取材することになったブロガーさんは、気難しい事で有名な人だった。

もちろん味には厳しいはず。やっと取れた取材の約束だし機嫌を損ねたくないから、どうしても手土産を持っていきたい。

しかもちゃんとおいしい、喜んでもらえるようなものを。


何のあてもないままお店が並ぶ路地を通ると、以前取材したパティスリーに明かりがついていた。




私はここで、パティシエをしていたガムと初めて会った。

もしかしたらいるかも、と思って窓から中を覗く。


店内は閉店した後で薄暗くて、その中の橙の小さい明かりのついたショーカウンターの向こうに２つの人影が見えた。



抱き合う男女。甘い親密な雰囲気。



見てはいけないものを見てしまった、とドキドキしながら思ったところで、男の方と目が合った。


―――ガム。


私を認めてニヤっと笑った顔にえくぼが浮かぶ。



彼はさりげなく女の人の向きを変えさせて、彼女から私が見えないようにした。


私を見て、そっと、自分の唇に人差し指を当てる。




黙って見とけってこと？
趣味悪いな。



目を逸らそうと思っても漂ってくる、濃厚な男女の空気とスイーツの甘い匂い。


気持ちとは裏腹に目が離せない。


外は霧がかって寒いくらいなのに、自然に少し体が熱くなる。



絡み合う二人。




ガムはゆっくり時間をかけて女の人に口づけて夢中にさせた後で、私の方を見たまま、そっと、その首筋に歯を立てた。









.

2→←6　終

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す