ブーケをきみに (ページ8)

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お店で待ってるね、とジェミンは昨日と違ってあっさり帰って行ってしまった。本気にしていいのかどうなのか、ジェミンはかっこいいからそうやってたくさんの女の子を引っ掛けてる可能性だってありそうだ。話し方だったり態度、相槌を打つスピードやさりげない気遣いとか、女の子はこうしたら喜んでくれるというものをちゃんと理解しているようだった。

テヨンくんの話が本当であれば私は記憶がまた無くなるから、それを知ってジェミンは私を都合のいい女として見ているのかもしれない。…たくさんの可能性を考えてジェミンのところには行かないようにしようと思ったのに、ジェミンが座っていた場所に高そうなボールペンが転がっていた。………どこでも買えそうなものだったら放置したけれど、見るからに高そうだし名前が彫ってあるそれは、使い込まれているのかクリップのシルバー塗装は薄く剥がれていて、どう考えてもジェミンが大切にしている、という証拠で。

『…うーん』

名刺に住所は記載されているから送ればいい話なんだけど、包装がうまくできなくて配送中に壊れたりしたら困るし、逆に家まで取りに来て！っていうのもなんかなあ……。しょうがないから時間があるときにお店に行こうと、お店に行く理由ができて心が弾んだことには気が付かないフリ。いつか名前が付いたとしても来年にはこの感情も無かったことになるのだから、気付いてしまったら手放すのが惜しくなりそうで自覚したくない。
まだジェミンがどんな人かはっきりと分からないのに惹かれ始めているなんて、私は認めたくない。どうしようもないクズ男かもしれないし、ただのたらしかもしれない、言わないだけで彼女がいるのかもしれない。

「綺麗ですね」それでもあの時の顔が頭にこびりついて離れてくれなくて、鼻の奥がツンとした。20歳からの私は誰かに恋をしたのだろうか。好きな人は、いたのだろうか。トーク履歴にはお母さんとテヨンくん、それから幼馴染みとしかまともな会話をしていなかったから、おそらくそんな存在はいなかったんだろうな。読んでみたけれどもちろんその内容には見に覚えがなくて、そこで記憶がなくなるのは本当なんだって認めることができた。

「帰ろう」

どれくらいそこにいたのかは分からないけれど、私服のテヨンくんがいるということは既に17時は過ぎているということだろう。『テヨンくん、朝はごめんね』足元に広がった桜の絨毯の上を私達はゆっくり歩いた。