【luz･そらる】unknown lovely【BL】 (ページ8)

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時雨は光がどうして毎日の様にやって来る理由について知っている。否、知っているというよりは｢気付いている｣と言った方が正しいのかも知れない。
それに気付いていてなお何も言わずに迎え入れている自分に対しての方がよっぽど不可解でならない。
時雨は今、ある一つのジレンマを抱えていた。
それは、愛してくれる人を失いたくないと思うのに、愛して欲しいと願ってしまう事だ。人として、それはある意味当たり前のことのようであるけれど、時雨にしてみれば大きな問題である。
時雨は、本当の自分を愛してくれる人を求めている。でも自分が女でないと愛する人を失うと思い込んでしまっている。
しかし何よりも、本来の自分が男であるべきか女であるべきかがわかっていない事が問題なのだ。
時雨が光に何も言ってやらない理由は二つ。
一つは光が時雨を完全な女だと信じ切っていること。
もう一つは、彼方を待っていること。
唯一失わなかった彼方の想いに時雨は応えたいと思っている。純粋に初恋というものは彼方なのだ。
なんと言ったって彼方は時雨にとって紛うこと無き｢王子様｣だったのだ。思えば幼い頃は何をするにも一緒だった様に思う。
時雨は、彼方の想いも、光の想いもただただ嬉しく思っている。そこに違いをつけるなら、彼方の方が長く、深い愛を注いでくれているという事だ。
それでも、光の愛が勝るかも分からないのだ。
時雨には自惚れではなく、確かに二人は自分に好意を寄せているという根拠の無い自信があった。
ただ、愛し方を教わらなかった時雨にとって、愛されるしか出来ないのだ。親鳥が運ぶエサを待つ小鳥のようにどちらからか、もしくはもっと他の誰かからの藍を待っている事しか出来ないのだ。

(彼方の意気地無し。)

本当は彼方を待っている。
彼方はそれを知らないで臆病なままでいる。
それでも、構わない。進まない関係が距離を保ってくれるなら。
光との距離は時雨にとってまだ広過ぎる。そして、彼方のように心地好い距離感になるにはもう遅いのだ。
その席はもう彼方が座っている。

手元で鋭い音が響いた。

お気に入りのマグカップが砕け散っていた。
手の泡を流してから欠片を摘まみ上げる。

｢血なんて久々に見た……。｣

割れたカップの破片の上に赤が滲むのをぼんやり見ていた。
気づいた頃には血はすっかり固まっていて自分の手だと言うのに恐ろしくなる程青白く冷たかった。