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彼方は少し心配性なところがある、と時雨は思っている。
(まぁ……当然と言えば当然か。)
レジの横に有名な呉服屋の紙袋が置かれている。彼方の忘れ物かと思ったがどうやらわざと置いていった様だ。
中身は時雨はともかく、彼方のような男性が着るようなものでは無かった。
水色のワンピースとサンダル。去年の夏に欲しいと呟いたものだ。
茜色の空を見詰めながらぼんやりと彼方の言葉を思い返していた。
「昔の事を思い出してた」
その昔がいつのことを指しているのか、時雨にはわからなかった。
長い時間の彼の沈黙はそのまま、思い返している時間の長さを物語っていたのだろう。
時雨だって二十年以上生きて来て、色々な事がわかるようになった。
例えば、自分に好意を向けている人とそうでない人、好意の中でも恋愛的なものかそうでないか。
今はもう鈍感な少女では無いのだ。
鈍感な少女でいた頃の呪縛が解けないのは何故だかわからないけど。
子供の頃はワンピースやドレスを着ている方が皆に愛されている気がした。
母がよく言っていたように、時雨にとっての王子様は彼方だった。
彼方はワンピースの裾と長い髪を揺らす時雨に恋していた。
今でもその瞳に熱が籠るのを知っている。
それでも、もう失いたくないのだ。これ以上大切な人を失くすのは嫌なのだ。
(自分が女でなくなったから家族は死んだ。なんてことはある筈ないんだけど……)
魔女の呪いかもしれない。
いつの間にか日は落ちて弓のような月が淡く光を放っている。
そこに降り立つように彼はやって来た。
「今晩は、時雨さん」
この人もあの頃の彼方と同じ。時雨を女だと信じて疑わないまま、時雨を愛している。
そして時雨が男だと知れた時、きっと何かが崩れる。
「いらっしゃい、何をお探しですか?」
いつも通りの定型文を唇に、声に乗せる。
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作者名:雲英 | 作成日時:2017年11月4日 10時