76.もう少しだけ ページ27
蝶屋敷の散策も慣れて、裏山巡りをした翌日。
久しぶりに夢を見た。
走って逃げている夢だった。
まだ若そうな男性が物凄い形相の女に首を絞め上げられて苦しそうに呻いている姿。
そして、女がその首にかぶり付く恐ろしい夢。
恐ろしさのあまり、動けない私に血だらけで倒れ込んでいる別の男性が振り絞った力で「逃げろ」と言ったのを聞いて走り出した。
枝や小石が足裏に食い込んでも走っていた。
私は何故そこにいたのか、
襲われていた彼らが誰なのか、
自分が誰なのか、全く分かっていなかった。
私は前から記憶喪失だったの?
分からない。分からない。何も分からない。
心の中でそう繰り返している私は、とても取り乱している。
そうこうしている間も女の叫び声がどんどん近づいて来る。
怖い!
怖い!!
「A?」
名前を呼ばれて目が覚めた。
「…無一郎くん」
彼が私を覗き込んで、心配そうに見つめている。
障子から差し込む光は薄暗くて、察するに夜明け前のようだった。
「すごくうなされてた…大丈夫?」
身体中に冷や汗をかいていて気持ち悪い。
「こ、怖かった…」
「夢、見てたの?」
その問いかけにこくんと頷く。
「そう…でももう行かないと。また長期任務なんだ………暫く来られないから挨拶に来ただけだから」
「っ………待って!」
立ち上がろうとする彼の手を慌てて体を起こして掴む。
驚いた顔をして無一郎くんが私を見た。
「少しだけ…もう少しだけ一緒にいたい………」
「え?」
この前会ったときは、いくら呼んでも待ってはくれなくて。
体が動かなかったから、叫ぶ事しか出来なかった。
けれど今は、多少自由になった体で彼のことを引き留める。
無一郎くんの掌も炭治郎くんと同じでゴツゴツしている。
まだ少年とは思えない、その厚みは無一郎くんの努力の証。
私はこの手に助けられたんだ。
すっと頬を寄せれば暖かくて安心した。
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作者名:月見 | 作成日時:2020年10月11日 5時