20.馴れ馴れしくも ページ20
「はい?」
彼の予想外の言葉に間抜けな声が出る。
泣き虫?私が?
「あの日、森の中で泣いてたでしょ。助けた後も泣いてたよね」
“あの日”ってもしかして、私を助けてくれた日の事?
「それは怖かったからであって、その後は泣いてませんから!」
答えると「あ、そう」と興味無さげな返事が帰ってくる。
まさか第一印象だけで泣き虫扱いされるなんて…
確かにあの日、鬼に襲われた私は泣いた。
言われた通り2回泣いた。
でもそれ以降は1度しか会ってないし、その時も泣いてない。
それにしても…
「…私のこと、覚えてたんですか?」
どきっとしながら訪ねると「今思い出した」と少し素っ気ない返事が返ってくる。
それでも嬉しい。
最後にこの御屋敷を訪ねてからひと月近く経っている。
思い出して貰えないことは覚悟してた。
でも私の事、彼の記憶の片隅にあったんだ。
「そうですか。では、これからよろしくお願いしますね、無一郎くん」
にっこり笑ってみせれば、不思議そうな目を向けられる。
「それはどういう…」
「住み込みが駄目なら、ここに通います。『好きにすれば』って言ってくれたのは無一郎くんですから」
ふふんと得意気に胸を張って見せた。
すると不機嫌に首を傾げた彼が口を開く。
「何か馴れ馴れしくない?」
「あ、下の名前で読んでることですか?」
「そう」
「私も迷ったんですよ、これでも。最初は“時透さん”って呼ぶつもりだったんですけど、しのぶさんが他人行儀みたいで忘れっぽい無一郎くんには、何時まで経っても覚えて貰えないだろうからって」
「胡蝶さんが…」
「はい。あと、私の年齢は16〜7歳っていうのがしのぶさんの見立てです。私、こう見えて無一郎くんよりお姉さんなんですよ?だから下の名前で呼ぶことにしました」
しのぶさんの知恵もあって、上手いこと言い纏められたと思った私は、どんな反応が返ってくるか色々な意味でドキドキして彼を見つめた。
やっぱり下の名前で呼ぶのは駄目だったかな?
いや、強引に押しかけて『通います』宣言が駄目だった?
嫌われちゃった?
怒られる?
「…。」
色々考えたけれど彼は無言のままで表情一つ変わらない。
「…あの、私の話し聞いてました?」
「大体は。でもどうせ直ぐ忘れるからどうでもいいよ」
そう言って奥へ入って行く。
これは、一応ここに来るのを認めてくれたってことでいいんだよね?
「お邪魔します」と、もう一度断って私は玄関に足を踏み入れた。
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作者名:月見 | 作成日時:2020年9月13日 22時