文書071-3-10 ページ17
私は彼女が振りおろしたシャベルを甘んじて受け入れ、避けずに見上げます。
痛覚があるのは生きている証、という概念があるのであれば私は死んでいるのでしょう。
だって、プルトーネの全身全霊の一撃が頭を叩いて尚なにも感じることがないのですからね。
大事な髪に付着してしまった赤錆を手で軽く払い、
シャツの袖で顔に垂れる液体を拭ってからふと気が向き己の手を確認します。
案の定赤錆と流れ出ていた血で色白で可愛らしかった手は汚れ、袖も同様に汚ならしく染められていました。
人間らしさと生々しさを追求して作るのもいかがなものかと考え、ベール越しにプルトーネの瞳を眺めます。
驚いているでしょうね、自分が撲殺して埋めようとした人間が生きて平然と頭から流れる血と混ざった錆を拭っていたのですから。
彼女の概念が歪んだ経緯は私の記録にさえも記されていませんでしたが、大方死に近づきすぎてしまったということでしょう。
意思なき瞳は困惑と使命が混濁し、思考は消耗しきってどうしたいのかさえ考えられなくなっているのでしょう。
「…プルトーネ」
声帯を大幅に変化させ、若年の男性を模した声―彼女の親の声で呼び掛けます。
本来は外観込みで判断できる優秀な能力を保有していますが、果たして今の彼女にそれが出来るでしょうか?
答えはノーです。
プルトーネの動きが止まり、完全待機状態に移行して色のない瞳で眺めてきました。
「疲れただろう、プルトーネ。もう業務はおしまいだ。今日はゆっくり休むと良い」
彼の最後の発言を復元し、一字一句違えずに言い切ります。
「マス、ター」
「おやすみ、プルトーネ」
最後に柔らかい笑みを浮かべ、彼女の頬に触れて言いました。
プルトーネの親である技師、その最後は病気に侵されたにしては優しい安楽死でした。
彼女が起床し、彼を起こそうとしたときにはすでに死んでいたのです。
その悲しみは計り知れないでしょう。
「はい、就寝モードへ移行します。プルトーネは、自分の部屋に帰ります。マスターも安らかな眠りを」
プルトーネが顔をあげ、わずかに微笑んでから収容場所の方角へと歩みを進めていきます。
「お見事デス」
シャルドネが目を輝かせて喜び、ゆらゆら揺れています。
「直で見ていましたからね。対処法は存在していますよ」
そう、見ていました。
彼が死ぬまでの過程も、彼女が壊れる瞬間も。
…せめて、彼女が幸せな朝を迎えられますように。
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菫青(プロフ) - 紫清さん» まず、この世界観に惚れてくれたことが作品の親として本望でした。彼女の在り方や文章は私の好みも含んでいたのですが刺さったということで大変嬉しい限りです。こちらこそコメント、ありがとうございました。 (2019年10月19日 20時) (レス) id: 62f559e9d8 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - 急にコメント失礼します、偶然この作品を読ませて頂いたのですが、謎の多く少し不気味な世界観とそれを反映した文章、そしてダンタリオンさんの在り方に惚れました……! これからも陰ながら更新楽しみにしております。素敵な作品、本当にありがとうございます。 (2019年10月19日 20時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
菫青(プロフ) - シャル@如月唯奈さん» 私個人の趣味を大きく詰め込んだ設定、文章でしたが読みやすいようで何よりでした。こちらこそ参加させていただきありがとうございます。 (2019年9月25日 20時) (レス) id: 62f559e9d8 (このIDを非表示/違反報告)
シャル@如月唯奈(プロフ) - イベント参加ありがとうございます!早速読ませていただきました。文章も好みでとても読みやすかったです(^-^)この作品の設定もイイ(笑)更新頑張ってください! (2019年9月24日 22時) (レス) id: 0214723abe (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:菫青 | 作成日時:2019年9月21日 21時