[短編集] My Darling

水 / Y.Kawai ページ41

　
　
　
　
「……、ゆずる、」

　頬にひやりとした感触を受けて、目を開けた。

　Aが心配そうに覗きこんでる。

　薄暗い部屋で、自分が寝てるのは乱れたベッド。

　やっと、さっきまでのことを思い出した。

「俺寝てた？」

「多分……。お水持ってきたよ」

　何とか身体を起こして受け取った。

　Aもベッドの縁に座って、自分のグラスを傾ける。

　冷たい水を喉に流し込むと、幾らか怠さは消えた。

「持ってくるまでの一瞬で寝てるから、びっくりしちゃったよ」

「俺も寝るつもりなかってんけど」

「疲れてるのに、無理するから」

　苦笑して、またグラスを口をつけた。

　Aがこういうときに飲むのは決まって炭酸水にレモン入れたやつで。

　俺が用意して持ってくることが多いのに、今日は終わったら気を失うように寝たらしい。

　まあ、沖縄の営業から帰ってきてそのまま臨んだのは、さすがに無茶したと思わなくもない。

　身体はなおも休息を求める。

　それに抗わず、もらった水を半分残してまた横になった。

「もういいの？」

「うん、今は」

「ほんとに疲れてるね」

　言葉とは裏腹に、楽しそうな声。

　Aもグラスを置くと、俺の方に向き直った。

「……いや、何してんの？」

　寝るんかと思ったら、なぜか俺に馬乗りになってくる。

　何も言わんと、妖しく笑って。

　顔を押さえられて重ねられた唇から、わずかな水が流し込まれる。

　反射的に飲み込むと、口にはしっかりレモンの風味が残った。

「何やねん、ほんまに」

「もうちょっと飲んだ方がいいと思って」

「もうええ言うたやろ。ほんでこれお前のやん」

「疲労回復にはクエン酸でしょ？」

　そういう疲労とは微妙にちゃうねんけど。

　とか、言い返すのも今はめんどい。

「ふふ、こんなに元気ないゆずる、珍しい」
　
　……ああ、それでか。

　やっと楽しげな声の理由がわかった。

「楽しんでるやろ」

「うん」
　
　えらいはっきり言うやん。

「食べちゃいたいぐらい、かわいい」
　
「……食えるもんなら、食うてみ」

「明日起きられなくても、知らないよ？」

「Aにそこまでできるんか、見せてや」

　売り言葉に買い言葉で返せば、やたら余裕な笑みを浮かべた。
　
　
　
　
　疲労感は、口移しされたほんの少しの水分で急速に薄れてて。

　熱を取り戻しかけてることは隠したまま。

　いつになく挑発的なキスを、受け入れた。
　
　
　
fin.
　
　
　

枕 / R.Hamaie→←熱 / K.Kawanishi

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