[短編集] My Darling

熱 / K.Kawanishi ページ40

　
　
　
　
　
　いつの間にか、雨は雪に変わっていた。

　こんな時に限って荷物は多くて、タクシーから降ろすのに手間取って。

　エントランスまでの数メートルで、荷物も自分も薄ら白くなった。

　一年に数回降る雪に、まず心配するのは明日の仕事。

　もし積もったら、早めに出なあかんな。

　そんなことを考えながら足早に部屋に入ると、

「わーびっくりした！ おかえり」

　ちょうど風呂から上がってきたAが声を上げた。

「……ただいま」

　僅かに残っていた肩の雪をはらいながら言う。

「あれ、雪？」

「さっき降り始めたとこ」

「そっか、明日電車動くかな……」

「動かんかったら、休めるんちゃう？」

　雪を一頻りはらい終えて、やっと靴を脱いだ。

「まあそれはそうなんだけどね。あ、髪も濡れてるよ」

　言いながら、持っていたタオルで拭いてくれた。

　一瞬頬を掠めた手が、思っていたより温かくて。

　唐突に自分が冷えていることに気づいて、目の前の身体をぎゅっと抱きしめた。

「……賢志郎？」

　怪訝な声が耳元でするけど。

　想像以上の温かさと柔らかさに、返事もできなくて。

　布越しの熱がもどかしくなって、服の裾から背中に手を滑らせた。

「……っ、冷たい、」

　びくりとAの身体が跳ねる。

「賢志郎、お風呂入らないと」

「……Aが、あっためて」

　心配を跳ね除けてむちゃくちゃな要求をぶつけてみる。

　Aは笑って、温かい手で俺の頬に優しく触れた。

「さすがに、ちゃんと温まらないと風邪ひくよ？」

「ほな15分、いや10分だけ待っといて」

　逸る気持ちを何とか抑えてそう言ったら。

「……何分でも待ってるから、ゆっくり温まってきて」

　返ってきた、気遣いと心配の込められた、でも拒絶はしない言葉に。

　余計に抱きしめる手を離し難くなってしまう。
　
　でも俺がこのままやと、Aから熱を奪うだけになる。

　それはあかんよな。

「脱いで待っててくれてもええよ？」

「え、今着たとこなのに？」

　軽口に笑う顔に、やっと抑制が効いて、手を離した。
　
　
　
　
　
　風呂に浸かりながら、ぼんやりと天井に付いた水滴を見つめた。

　何分でも言うても、一時間とか経ったら、Aはどうするんかな。

　待たれると、焦らしてやりたくなる。

　一方で、取り戻した体温を早く共有したい。



　2つの感情は綯い混ぜになって、俺から冷静さを奪っていった。
　
　
　
fin.
　
　
　

水 / Y.Kawai→←傘 / Lily

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