5 ページ31
.
あっという間に到着してしまった、代わり映えのしない我が家。
優太は門の前でピタリと足を止めると、長年住んだ暗い家屋をチラリと見上げた。
けれどそれはほんの一瞬で、すぐに私へと向き直ると、名前の通り優しい笑顔を見せてくれた。
優「じゃ、とにかく体に気をつけて！！幸せにね！！」
この言葉に傷つく自分がまったくの不正解だなんて、とっくの昔に気付いている。
けれど
おでこで分けられたしなやかそうな黒髪が
見慣れぬスーツ姿が
変わらぬ透き通った瞳が
ほんの少し上擦った声が
どこか落ち着く爽やかな香りが
大人になった優太のすべてが
困ったことに、記憶の中よりもずっとずっと眩しくて
きっといるのであろう、見たこともない現在の彼の恋人にまで、言葉にできないような嫉妬の感情が芽生えるような始末で
こんな私を、私は知らない。
いつも紳士的で、私に不安なんて感じさせたことのない翔に対しては、抱いたことが無いような心情。
酔った頭では、上辺だけの言葉すら考えつかず
私は勝手に一人で途方に暮れたまま、
気がつけば、思わず優太のスーツの袖口のあたりを
まるで小さい子のように、指先で掴んでいた。
優太が驚いたように大きな目を丸くする。
けれどその顔に戸惑いは無く、どちらかと言えば呆れたように眉を下げて、俯く私のことを見下ろしていた。
優「…何、もしかして寂しいとか？
…………姉ちゃんには、櫻井がいるじゃん。
今日のデレデレした様子じゃあ、電話すれば今からでもタクシー飛ばして来てくれるんじゃね？」
冷たい言葉に、気持ちが折れそうになる。
けれど優太は、私の手を振り払ったりはしなかった。
酔っているから
親がいないから
本当はずっと
ずっと忘れられなかったから
どれも本心なのに、この上なく陳腐に聞こえてしまうのはなぜだろう。
でも、私たちには今日しかない。
この先優太はきっと、結婚した私になんて会いに来てはくれない。
それが優太なりの自制であり、思いやりなんだろう。
そう
だからこそ、今日がある。
あのボロボロのコートのポケットに隠された、涙色の記憶。
そのために切り取られた時間が、私たちのためにだけ存在しているのだ。
だってほら、その証拠に
冷たい風に流されて
お月様さえ、隠れているじゃない。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 905人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きのこ(プロフ) - pipi_kpさん» え〜マジですか！？すごい！まだ覚えててくださっただけでも嬉しいです🫰ありがとうございます！このぐらいの短編は珍しいですが、また書きたいな〜！ (2023年1月11日 0時) (
レス) id: 4ab1c623f5 (このIDを非表示/違反報告)
pipi_kp(プロフ) - きのこさんこんばんは。let goが久しぶりに読みたくなってこちらへ来ました。冬になると毎年このジンくんとしょうくんを思い出してます。何度読んでも好きです！ (2023年1月10日 21時) (レス) @page40 id: c4a2b088a0 (このIDを非表示/違反報告)
きのこ(プロフ) - キンシコウさん» いえいえ、あちらでもゆるっとよろしくお願いしまーすヽ(´▽｀)/ (2020年7月25日 18時) (レス) id: 0b6ff0fe38 (このIDを非表示/違反報告)
キンシコウ - ありがとうございます！！マシュマロ、了解しました、わざわざありがとうございます。 (2020年7月24日 0時) (レス) id: 89ad9cb972 (このIDを非表示/違反報告)
きのこ(プロフ) - キンシコウさん» どぉぞ〜。鍵垢ですけど、無言での申請で大丈夫でーす！今、ツアーの件でマシュマロ荒れてますけど、気にしないで下さいww (2020年7月23日 23時) (レス) id: 0b6ff0fe38 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きのこ
| 作成日時：2020年7月1日 23時
