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「…何？」
「嫌だ、そんなの…」
「はぁ？何言ってんの？
俺と同居したまま、元カレと元サヤ収まろうとしてるん？無理やろ、それは。どう考えてもさぁ。」
「………。」
「同期の彼氏とヨリ戻して、今度こそ結婚して寿退社したら、まんまAさんの希望通りやん。1年のズレぐらい、長い人生で見たらいくらでも取り戻せるやろ。ノーカンよ、ノーカン。」
「けどさ、その、ただの空白だったはずの1年に、無理矢理入って来た人がいるんだよ…」
「………。」
「その人のことまでノーカンにするの、どうしても嫌なの。家もお金も無いし、まだ学生で、結婚とか将来とか、そんな未来みたいな話は絶対できないけど…それでも目の前のその人のこと、手放したく無いの。」
「えっ…」
「他の人のところになんて、絶対行って欲しくない…。
私の欲しいものなんて、何ひとつ持ってないはずなのに。
…どうしちゃったんだろう、私。自分でも、全然わかんない。」
ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた私を見おろす永瀬くんの凛々しい眉が、少しずつハの字に下がり始める。
右手で永瀬くんの腕を掴み、左手の甲でゴシゴシと目元を拭う私は、まるで駄々を捏ねている子どもみたいだ。
永瀬くんは少し屈んで私の泣き顔を覗き込むと、
「…Aさん、何が欲しいの？」
と、透き通った声で尋ねて来た。
「…本当は、自分でもよくわかんない。
けど…」
「けど？」
「嘘でいいから、誰かに…世界で一番大切にして欲しい…」
メソメソ泣きながら小娘みたいなうわ言を呟く私に、ふわりと長い腕が巻き付いて来る。
甘い香水と、柔らかな体温。
どちらも、とっくの昔に心に馴染んでしまっているものだ。
「んじゃ、俺は無理やな。」
「……なんで……？」
「苦手やもん、嘘つくの。」
耳元で、ふふっ、と軽い笑い声が聞こえる。
そう。
素直で明るくて不器用な彼の気持ちは、本当はずっと筒抜けだった。きっと永瀬くんも、本気で隠そうとなんてしていなかったんだと思う。
ただ、言葉にしていなかっただけ。
だから私たちはきっとお互い、いつか来るであろうこの日を、待ち続けていただけだったのだ。
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作者名：きのこ
| 作成日時：2023年8月21日 1時
