60 ページ11
だから俺は、ここぞとばかりに自分の持ってる知識をフル活用した。「アシスタントだから」なんて遠慮はせず、その人ができないことは教えながら、それでも分かんないところは肩代わりしながら、ガンガン仕事を捌いて行った。
そのたびにその人は驚いた顔をして、
「タイピング早い！」
「英語もできるの？」
「なんでも知ってるんだね。」
「永瀬くんてすごいね。」
と、何の含みもない純粋な賛辞をくれた。
嬉しかった。
ボロボロやった自尊心が、みるみる回復して行った。
俺にもできることがある、誰かの役に立てるんや、って。
いつしかバイトの時間が待ち遠しくなり、その人に会えるのが楽しみになって行った。
例え虚飾だったとしても、彼女の前でだけは、光り輝く自分でいられるような気がした。
だから、その人が「海外に行った親戚の一軒家で一人暮らししてる」って聞いた時、あ、これ運命やな、って思った。
普通に考えたら、住まわせてくれるはずない。
でも、他に行くとこなんて考えつかへんし。
なぜか彼女なら、何も持たない俺を受け入れてくれるような気がした。
根拠なんて無い。
それでも俺は、上がり時間が同じ日に帰宅する彼女のあとをつけて、まんまとその家を特定した。
何コレ。
もしかして俺、ストーカーか何かなん？
頼られていい気になってるうちに、気づいたら俺が彼女の存在に依存してる？
咄嗟に頭に浮かんだ仮説には気づかないフリをして、奇襲とばかりに家に押しかけたのが、秋の入り口ぐらいやったかな。
親には「ルームシェア解消する」とだけ連絡したものの、そのあとバイト先の女の人の家に転がり込んだことは言えなくて、結果的には無視を続けるような形になってもーた。
見たくないものに蓋をして、居心地のいいところに逃げ込んだようなもん。
いざ押しかけたら「実は永瀬くんのこと苦手」って言われたのにはホンマ泣きそうやったけど、なぜかそのあと酒飲んで豹変したAさんに襲い掛かられて、なし崩し的に朝を迎えてもーた。
「忘れてくれ」と言われたものの、そう簡単に忘れられるもんでも無い。
Aさんはこのことに罪悪感があるみたいやったから、なんとなくそれを逆手に取りつつ、ここに置いてもらうことに成功した。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 622人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きのこ
| 作成日時：2023年8月21日 1時
