262.酷い顔 ページ15
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「……俺、ちょっとシンセサイザー取ってくるね」
「はい！ でも一人で大丈夫ですか？ ナナ兄さんのシンセサイザー、だいぶ重そうでしたけど……手伝った方がいいですよね？」
「俺も一緒に行こうか？」
「大丈夫。自分のシンセサイザーだから、持ち運ぶの慣れてるし。俺のことはいいから、ふたりは自分のことやって。ね？」
ホンハイとジェイもそう言って立ち上がろうとするのを止めて、私はにこりと笑顔をつくる。するとふたりは「ありがとう」と言って、そのまま浮いた腰を下ろしてくれた。それに安堵する。ついてこられるのは困るから。もちろんシンセサイザーを取りに行く目的もあるけれど、本当の目的はそれじゃない。
それを悟られないよう、笑顔は崩さないまま。他のみんなにも見送られながら私は練習室を出る。そのまま歩いて、でも角を曲がって練習室に残ったままのみんなから聞こえなくなったであろうところで、私は口元を抑えてある場所まで走った。
「……う゛っ……うえ、っ……」
練習室から離れたトイレ。個室に入って鍵を閉めてすぐ、私はせり上がってきた胃液全てをトイレの中に吐いた。一応練習室から離れた場所だけど、誰かが来ないとは限らないから、なるべく声は出さないように気を付けながらそのまま吐き続ける。
一番最初に『Home』が課題曲にあると知ってから気持ち悪くて、吐きたかった。でもその場で吐くわけにも突然トイレに駆け込むわけにもいかないし、ずっと必死に飲み込んで耐えていた。曲選びの時も、運悪く『Home』をやることになってチームのみんなといたときも、最初に感じた気持ち悪さは残ったまま、胃はズキズキと痛いまま。きっとこれは本当に吐かなきゃどうにもならないと思って。
そうしてやっと自然にトイレに行けるタイミングが出来たから、チームのみんなを誤魔化し練習室から抜け出して、今のこの状態になっている。
(……がんばらなくちゃ、)
胃の中にあるもの全て吐き出して。流れる水の音をぼんやりと聞きながら思う。選択肢は他にもあった。何かしら仕組まれたことだったとしても、運が悪かったとしても、最終的にこの曲をやると決めたのは私だから。どんなに辛くても、頑張るしかないんだ。きっと、頑張れば、耐えて耐えて完璧なステージを見せられれば。きっと、私は。
「……酷い顔」
個室から出て、鏡に映る自分を見る。吐いて疲れ切った顔。それを上書きするように、私はにこりと笑った。
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アップルパイ(プロフ) - なのこ5546さん» いつもコメントありがとうございます！ 更新してすぐ読んで頂いて本当に嬉しいです。書いてる自分もしんどいな……と思っているので、早く明るいシーンまで行きたいなとなってます……🥲 これからも更新頑張るのでぜひよろしくお願いいたします。 (8月4日 3時) (
レス) id: a55c9bddea (このIDを非表示/違反報告)
なのこ5546(プロフ) - 最新話読みました！思わず、ナナー！！！！って叫んじゃいました😭アップルパイさんの小説大好きなのでこれからも更新楽しみにしています💘 (8月2日 7時) (レス) @page22 id: 2327b9d39c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：アップルパイ | 作成日時：2023年7月24日 22時
