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資料作りは生徒会の仕事で慣れているため、子猫の飼育以来のチラシを作ることは彩希にとって造作もないことだった。
「すごっ、上手だね・・・」
タッチタイピングで画面を見つめながら、文字を打ち続ける彼女の横で、奈々は感嘆の声を漏らしていた。そんな彼女を横目に、彩希はタイピングを続けながら彼女に尋ねた。
「いいんですか、部活に行かなくて」
「あっ、うん。皆にはちょっと遅れるって言ってるから大丈夫」
「もうすぐ大きな大会があるんじゃないんですか?」
その一言に奈々の表情が少しぴくついたのを、彩希は画面に集中していたため、気付くことが出来なかった。
「実はさ、怖いんだよね」
「"怖い"・・・?」
彼女らしからぬ言葉に、思わず手を止めた。ふと隣を見ると、画面を見つめながら、奈々はため息混じりに言葉の意味を話してくれた。
「怪我から復帰して、初めてのインターハイ。皆の期待に添えなかったらどうしようって、そればっかり頭に過ぎって。何のために走ってるのか、時々分からなくなるんだ、最近」
どこか物寂しげに話す彼女の横顔は、これまで一度も見たことのない表情で、彩希も思わずその横顔を見つめていた。
その視線に気付いたのか、ふと我に帰った奈々は慌てるように笑顔を取り繕った。
「こんなこと、村山さんに話しても仕方ないんだけどね。ごめんね、急に重い話しちゃって」
「いえ・・・、ちょっと意外でした」
「えっ・・・?」
彼女の言葉を聞き入れた彩希は、長い黒髪を左耳に掛け、再び正面に移るパソコンに文字を打ち込みだした。
「岡田さんって、いつも明るくて、悩み事なんてないって思ってましたから」
「私にだって悩みぐらいあるよ。まあ、生粋のお嬢様には分からないような悩みですけど」
皮肉を込めて言ったつもりであったが、彼女から戻された言葉はあまりにも意外だった。
「分かりますよ。岡田さんの悩み」
「えっ、嘘」
「私も周りや、父の期待を裏切らないように生きてきました。でもそれが本当に私がやりたかったことなのか、分からなくなるときがあるんです。皆が喜ぶから、皆が期待してくれるから始めたことだってあります。岡田さんとは違いますけど、私だって悩んでるんですよ?」
こんなことを他人に話したことなど一度もなかったため、少し恥ずかしくなり、耳が熱く感じた。
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作者名:神楽リュウ | 作成日時:2019年10月17日 7時