四話:良い奴？ ページ5
折角の、記念すべきドイツ留学初日が、迷惑な青年のおかげで台無しになったわけだが、そんなむしゃくしゃした気分の中でも電車は順調に目的地に近づいていた。
隣に立つ青年のおかげで無駄に時間が長く感じて、さっきまで大事に握り締めていた行動をメモした紙も、見ていればもっと長く感じる気がして億劫だったので、食べきってしまった飴玉の包み紙が入ったポケットに、一緒に突っ込んだ。
やっと目的の駅に着いて、少し人が少なくなったところからすり抜けるように出口から外に出た。周りと比べて身長が小さいのはこういうところで役に立つ。
驚いたことに、周りの人が「降りる人がいるぞ」と声をかけてくれたので、するすると降りられた。やさしいせかいだ…(二回目)
ホームに降り立って、さて駅の外に出ようと周りのみんなが歩いていく出口の方向に身体を向けると、
「おい」
突然呼び止められて、ぐいっと二の腕を掴まれた。
この声、聞き覚えがある。ついさっきだ。
驚いて振り返ると、そこには案の定、さっきの目つきと態度の悪い青年がいて、割と細身だと思っていたのにがっしりと私の腕を掴んでいた。
てゆーか二の腕はやめろ！ぶよぶよしやすいんだから！
「なんですか。まさかさっきのことですか？」
「はぁ？」
彼は眉を吊り上げてため息にも似た声を零す。
こんなことで因縁つけられるなんて納得いかないしムカつく。
理不尽にもほどがある。やっぱりドイツ人にも、日本人と同じようにいろんな人がいる。
私が関わるべきじゃない人種だっているんだ。
だからって、注意してくれたあのおじさんにまで迷惑かけるなんて、許せない。
「自分がぶつかってきたのを周りの人のせいにするっていうんですか？
それにあの人、ちゃんと注意してくれてたのにあんな態度で…」
もう我慢できない、文句言ってやろう、と低い身長ながらも、下から強く睨みつけると、
突然、何かを頭の上に叩き付けられた。地味に痛い。
なんなんだよもう。思わず頭に手をあてがうと、青年はそのまま、その何かを私の手に握らせた。
「へっ、これ…」
私の財布？
なんでこいつがこれ持ってんの…？
日本のお金と、ユーロは分けて持ってて、こっちのユーロが入ってる方は、細かい金属貨幣だけを入れてて、紙幣の方はまた別の財布に分けてリュックの中に突っ込んであるはずだけど…
確か私、そのがま口財布は、さっき切符を買った時に上着のポケットに入れたはずだ。
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作者名：弥生 | 作成日時：2020年12月3日 0時
