君がため。６

７ ページ44

僕の胸をえぐった。


どうしてあんな怪我を・・・


最後に会うたあの雪の日。


手を握ろうとした僕の手を、
必死の様相で振り払うたんを思い出す。


「ここの給料だけやったら苦しいやろう。
弟の面倒もみたる言うてるのに」


諦めがつかんのか、
その紳士はなおも言葉を重ねて、
Aの気を引こうとしてはる。


母上や紫保子さんから聞いた話とは違う。


Aは大きな店を経営してるて・・・


違うんか？


「私にはもったいない話です。
こんな足やのに・・・」


こんな足？

何の話をしておるんや。


「学生さん、
そんなとこ突っ立ってないで。
ここにお座りなさいよ」


酒の用意が済んだんか、
椅子に座った先ほどの女給が、
媚を含んだ声で言うて、
僕の腕を引いた。



Aが僕に気付いた。


ゆっくりと顔を上げて、
こちらを見た目は、


驚きの表情が現れて、

やがてそれは、

絶望に変わった。


「どうして・・・」


ただ一言を、紡ぎ出したきり。


あとは人形のように虚ろな目になった。


「そんなに見つめて。
学生さんもAさんがお気に入り？
呼んできましようか」


女給の真っ黄色のスカートが、
目の前でひらひらと翻る。


彼女に腕を引かれたAが、
ゆっくりと席を立った。


僕の方へと、歩き出したAは、
右足を引きずっておって・・・


その痛々しい姿に愕然とした。




慌てて駆け寄って肩を貸そうとした僕に。

Aは、
見たことのないような、
冷たい笑みを浮かべて・・・


「どうして、こないなとこ、
来はったんですか」


突き放すようにそう告げた。


「どうして、て。
迎えに来たんや。
一緒に京に帰ろう」


「あなたはもう人の夫でしょう」


「違う。
僕は結婚などしてへん。
やり直そう」


「それは無理です。
私はここで幸せですから」


周りから、

僕に、帰れ帰れと、
振られたんやと、
野次が飛ぶ。


「嘘や・・・
翠茶房を買い戻すて聞いた。
いつか京に戻るつもりなんやろ？」

８→←６

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す