君がため。６

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いつもおっとりしてはる紫保子さんの、
こんなに強い口調を初めて聞いた。


Aのことをこんなにまで恨んでるんやて、
そのことに戦慄が走る。


まさか、Aに何かしてへんやろうか。


「僕が一人にしたからや・・・
今から迎えに行く。
紫保子さん、場所を知ってるなら、
教えて下さい」


「・・・分かりました。
きっと、今のAさんを一目ご覧になったら、
忠義さんのお気持ちも変わるでしょう」



紫保子さんに聞いた場所は、

僕が７つまで生まれ育った街からそう遠くはなかった。


二人で駆け落ちして、
暮らすはずやった、
印刷所のすぐ近く。


Aはまだ僕を想ってくれてるはずや。









宵の帳が降りる頃、
ようやく大阪のその店が分かった。


ロマンカフェーという、
ハイカラな店の名前で、

女給らしい、
派手な身なりの女性が、
幾人も店の中へと吸い込まれるように消えていく。


東京や大阪では、
このような特殊喫茶が流行り始めて、
芸妓遊びよりも安上がりで気楽なんがええと評判も上々やと、
噂には聞いておったけど・・・


こんな店を、ほんまにあの純情で可憐なAが、
女だてらに切り盛りしておるというんか、

にわかには信じられへんかって、
その場に立ち尽くす。


「学生さん、入って行って。
別嬪さんがたくさんそろてるから」


声をかけてきた肌を露わにした洋装の女の人に、
腕を組まれて、中に入った。


茶房などのただお茶や菓子を出すカフェとは違うて、

女給はみな、
胸の大きく開いた色とりどりの洋装や、
遊女のように襟足を大きく抜いた着物姿で、

男性客にしなを作って、
酒を注いでいる。


胸に不安が立ち込めていく。


まさか、Aもこんな姿で、
客の男たちに酒を注いでおるんか。


これでは、舞妓や芸妓と同じや。



見渡した薄暗い中に、
趣味の良くない装飾を施した店の、
一番奥。


舶来物らしい上等な長椅子に座って、
Aは男たちにかしづかれるやうに囲まれておった。


他の女給のような派手ななりはしてへんけど、
ここにいる誰よりも美しい。


「Aちゃん、俺の妾にどうや」


隣の顎髭を生やした紳士が、Aの手を取ろうとして。


「私みたいな気の強い出戻り。
弟までおりますのに」


Aがやんわりと断ってる。


その手には刃物で刺したような、
深い傷跡が見えて・・・

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