君がため。６

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廊下を誰かが急ぎ足でやって来る気配がして、
息をひそめる。


きっちり閉めた襖の向こうから、


「若旦那様、若奥様、
お支度の方は整いましたか？
さつきに呼びに行くよう申しつけたのに、
なかなか戻って来ないんです」


女中頭の富子さんの掠れた声がした。


「まだ妻の支度に時間がかかりそうやから。
僕らは後から行くと両親に伝えてくれへんか。
今日は朝まで夫婦水入らずで過ごしたいと」


「かしこまりました」


富子さんは疑う事なく、
そう答えて、廊下を滑るように、
遠ざかって行かはった。


「さつきちゃん、
私が着付けしてあげましょう。
流行りの素敵な帯の結い方があるのんよ。
髪もそんな引っ詰めでは、
この浴衣には似合わへんわ。
私が見違えるほど美しい女性にしてあげる」


いつもは木綿の粗末な着物を着てるけれど、
さつきちゃんかて、
おなごやねんから。


美しいものには、心は華やぐに決まってる。


驚いてばかりやったさつきちゃんの頬が赤く染まって、義顕さんの方に、
恥ずかしそうに、少しだけ視線を送った。


「Aさんがそこまでおっしゃるなら。
奥の部屋で着付けてもらいなさい。
僕はここで待ってるから」


義顕さんの頬も、心なしか赤い。


心を寄せる女性が着飾る事を、
望まへん殿方はいはらへんよね。


さつきちゃんに鮮やかな藤色の浴衣を付けながら、
忠義さんの事を想う。



Aほど浅緋色の似合うおなごは見た事ないなあ。

可憐でも、華やかでもあって、
ほんまに美しい。


そう言って、浴衣の私を、
大きな胸に抱いて下さった。


想い出すだけで、涙ぐみそうで・・・


「若奥様の想いを寄せておられるお方は、
忠義様なのですか？」


姿見の私に、さつきちゃんが問いかける。


「さっきの話、聞こえてしもうた？」


「はい・・・
申し訳ありません。
それより以前に、
忠義様からのお便りをご覧になって、
涙ぐまれてた事がおありやったから・・・
ずっと不思議に思うておりました」

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