朝霧悠花の登校時刻、５ ページ7
ヒーロー科一年A組の担任・相澤消太は、思わず「あ、」と間抜けな声をあげた。
ここは教師寮の共有スペース。
時刻は夕方。
窓から射し込む西陽が眩しい、とぼやきながら書類をチェックするついでにホチキスで留めていた悠花は、いきなり声をあげた担任教師をきょとんとして見ていた。
この顔の裏で幾つもの予測される要因をハイスピードで精査しているんだろうな、と理解出来るくらいには親密になって来た今日この頃である。
「どうしたんですか？」
そう訊ねてくる悠花の横には、心操の特訓内容が書かれたルーズリーフが置かれている。
トレーニングメニューを考えてみたいから教えてくれ、と言われてから二ヶ月は経っただろうか。
週末に悠花が考えたメニューを持って来て、相澤がチェックして一部修正して…という流れだった。最初は。
だが今悠花の横にあるルーズリーフには、変更を意味する赤ペンが一つも入っていない。
既にメニューの出来はプロさながらで、「もうお前ジム開けよ」と言いたくなるほどである。
なお、悠花の部屋にあるトレーニング関連の本の数とヨレヨレになった何十冊ものノートに書かれた下案と書き込みを見て相澤の涙腺が緩むのは、もう少し先の話である。
「…いや、お前と話し合わないといけないこと、すっかり忘れてた」
「え？ 心操くんの特訓メニューですか？ それともA組の生徒へのアドバイスについて？ 一昨日頼まれたヒーロー情報学のフリップなら完成しましたよ。今日の授業で使った資料も全部戻したし…」
改めて並べられて、ちょっと精神的なダメージがキた。
共有スペースだったので、他の教師たちも被弾している。
俺たち(私たち)、生徒に頼りすぎている…。
今年は色々あって特に忙しかったし、悠花から「手伝いますよ」と言い出すことも多かったが、だからといって生徒を酷使して良い理由にはならないだろう。
多分、雄英教師たち(オールマイトを除く)はこの件について、悠花に頭が上がらない。
オールマイト？ 彼はそもそも、悠花が教師たちの手伝いをしまくっていることすら知らない。
知られないようにしているから、悠花が。
「…なんかありがとう」
「どう致しまして。お礼は、心操くんのヒーロー科編入への一層の御尽力ということで」
戯けて微笑んだ悠花は、相澤に気を使わせないようにしているのだろう。
それを正確に察してしまって、相澤は更に居心地が悪くなった。
…あれ、本題どこ行った？
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作者名：紺青 | 作成日時：2019年3月4日 20時
