虹色のパレット (ページ23)

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びくりと身体が跳ね、私の視線は先程の振動で瑠璃色の箸置きから落ちた真っ赤な箸の片割れに鎮座する。
頭の中がグラグラと揺れる様に視界が黒ずんで、気付けば恐怖を滲ませた無色透明の液体が頬を濡らしていた。

『ごめんなさ..っ、ちが、ちがうの』

人体をも容易く燃してしまう炎のような怒りが篭ったガッくんの視線に、弱いわたしは耐えきれない。あやまらないと、あやまらないと、あやまらないと！わたしがあやまらなかったら、ガッくんはきっとゆるしてくれない。わたしはまだ彼の事がだいすきだから、ぜったいに彼にゆるしてもらわないといけないのに！
｢違う？..どう違うんだ？Aの口から直接言ってくれないと分からないな｣
ほんの少しだけ柔らかくなった彼の声。
恐怖に陥落しかけていたわたしはそれに陽光と同等の安心感を覚えて、そしてその時にはもう私の唇が動いていた。
多分きっと、此処(この状況)から逃げたい一心で。
『..わかれたい、わけじゃない、の。っう、ごめんなさい、わた、しっ、ガッくんの気を、ひこうとしてっ、ぅ』
嗚咽と混ざった私の声に、彼は身じろぎひとつしなくなる。重く伸し掛る沈黙が痛くて辛くて唯(ただ)只管(ひたすら)に怖い。沈黙の重圧と度重なる恐怖に押し潰されそうになったわたしが彼の顔を窺おうとした、ちょうどその時。
｢..そうだよな！Aがオレに別れたいなんて言うわけないもんな。オレの方こそ疑ってごめん｣
『..え』
目の前には、先程の怒りなど端(はな)から存在していなかったかのように柔和な笑みを浮かべるガッくんが居た。でもその笑顔や言葉には妙なまでの引っかかりがあって、私は思わず部屋着に皺を作るだけの機械に成り下がっていた右手を彼に伸ばしかけてしまう。
慌てて引っ込めたそれに気付いたのか気付いていないのか、ガッくんは露草色のグラスに注がれた麦茶を大幅に傾けた。
彼の喉仏がこくこくと上下する様をぼんやりと眺めながら、私はもう取り消すことの出来ない自身の行動を振り返る。
..なんで私、別れたくないだなんて。
彼を好きな自分がいた事は確かに事実で、だからこそその影は色濃く私(・)に後悔の念を押し付けていたのだけど、それにしてもこれはおかしい。