虹色のパレット (ページ3)

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だから目の前にいる女性が誰かすらも分からなかった。どこか懐かしいようで、何も分からない。分かることがあればただ、そこに佇んでいるだけ。
「……迷子、ですか」
「え、あぁ、んー……そうかもしんない」
「そうかもしれないって……」
「一応目的があってこっち来たけど、今の様子じゃちょっと時間かかるしなあ……って」
「はぁ……？」

やっぱりどこかで聞いたことのあるような声が、頭の中に確かに存在する靄を刺激してくる。けれど自分自身の疲れと何かによってその靄が晴れることはない。彼女に懐かしさを感じる要素が、わからない。それに眠気が頭に入りこんできてしまったので家に帰って今すぐにでも横になりたいのに目の前の女性はただただこちらと対話しようとしている。話し相手が満足するまで付き合うのは多分、社会に生きている内に身についた癖のようなもので、彼女に対してもこれが働いているのだとその時は思った。

「ねね、そこのお兄さん」
「どうしました？」
「どうせなら私の事、ちょっとでいいから匿ってよ」
「……はい？」
「だから、私のことを少しの期間でいいから匿ってよ。お願い、……加賀美くん」
「いや、全然かまわないんですけど、何故私の名前を、」

あ、やってしまった。加賀美くん、と懐かしい呼ばれ方に反応してしまったが全然かまわないなんて普通それは了承としてとられる可能性があるだろう、と思ったがもう既に遅かった。

「ありがとう、じゃあこれからしばらくの間よろしくね！」
「え、あ、はい……？」

こうして、彼女との数日間の生活が始まった。これは人間か悪魔かも分からない者を匿う行為であり、どちらにせよここには居てはいけない存在であった。つまり間違いなくバレたらおしまい。だからこの時に拒否をすればよかった筈なのに、何故自分は受け入れてしまったのか、よく分からない。
ただ少なくとも分かったのは、これが地獄への始まりだったこと。

あの後、彼女と一ヶ月程暮らしてみて思ったことがいくつかあった。