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楓はふふっと笑ってAさんの前で立ち止まった。
「……楓。」
「また絶対来るから。待っててよね。」
「…もちろん。」
「ママ、ありがとう。」
そう言って2人で抱きしめた。
それは本当の親子のようで、この６年間の全てを物語っているような気がした。
俺もサヤカさんも、2人を微笑ましく見た。楓は俺らが思ってるよりもだいぶ大人やった。
あとでサヤカさんに聞いた話やけど、
本当の親が会いに行くことだってきっと相当な覚悟があったはずやからと
サヤカさんが楓に言っていたらしい。
「ママ、これあげる。」
そう言ってAさんに渡したのは、
先日楓がサヤカさんの営む喫茶店で一生懸命作っていたピアノだった。
「ママ、本土ではピアノをひいていたって言ってたから。
ママがまたピアノひけるようにおりがみだけどピアノ作ったから！
こんど、聞かせてね？ママのピアノ」
そう言ってニッコリ笑う楓。
Aさんは黒色の折り紙で綺麗に折り目をつけた美しいピアノを、
大事そうに抱えながら微笑んだ。
「ありがとう。」
楓はトオルさんとミサさんと共に船に乗った。
Aさんは最後までにこやかに手を振った。
「…行っちゃったねぇ。」
「…はい。」
サヤカさんの呟きに俺も呟きで応答する。
Aさんは船がいなくなる最後まで見送ると言って、
ベンチにも座らずにずっと景色を目に焼きつけた。
「…サヤカさんは、昨日楓に何か言ったんですか？」
「何かって？」
「楓がもう一度考え直すような何かです」
「特に言ってないよ、そんなこと言える立場じゃないし。
………でも、楓に本土に行くことは勧めたよ。
”楓、本土へ大冒険をするの巻”ってね。それだけ」
サヤカさんは温厚な人。
人の気持ちを尊重しながら、自分の意見も柔らかく挿入する人だということは、
３ヶ月ここにきてから十分に感じている。
サヤカさんは相変わらずマイペースなために、畑の仕事があるからと去ってしまった。
俺とAさん。2人で青い空と青い海を同時に眺める。
いい天気でよかった。
空がだんだんと赤くなってきた。
船が見えなくなり、
ピアノを大事そうに抱えながら、
Aさんは泣き崩れた。
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作者名：きい
| 作成日時：2021年9月8日 22時
