【怪盗キッド】奇術師と道化師 肆

第１６５話 ページ30

「あの……いつまで？」
「俺の気が済むまで」

邪な浮気者だ、と私は笑う。彼の体温は温かいのに、指先はとても冷たい。何故だろう。
この状態じゃ快斗の顔は伺えない。

――あなたはどんな表情をしているの？

「快斗はそんな人じゃないと思っていたんだけどね」
「どういう意味だ」
「もっと強い人だと思っていた」

強いの定義を訊かれると困ってしまうけど、と付け加える。
感覚的に強者だと思っていた。怪盗キッドもマントを脱げばただの男子高生だったようだ。
買い被んなよ、と嘆息気味に快斗はいい、右手で私の髪を弄りだす。

「綺麗な髪……なのに汚い」
「女に向かって汚いとか言うな！」
「染めなくたっていいのに、白のままでいいだろ」
「目立つじゃん？」

風呂場の湿気でしなやかになった髪。確か二日前に染め直したばかりだからまだきれいな黒だ。

「なんで白髪なんだ？ もとからか」
「いや……多分薬の反作用、だと思ってるよ」

どの薬かは知らないけれど、ある時黒から白になったのは覚えている。
あの時は死ぬんじゃないかって思った。

「でももう１０年位経つかな、染めるの」
「家の中にいる分だったら白でいいじゃねえか」

なんでそんなに白髪を推すんだと思いつつ「だって」と快斗の方を向く。

「それが命令だから」

快斗の表情が変わる、いや、前の表情が分からないから変わったとは断定できないけれど。

「なんで」

恐らく無意識だろうが、髪を引っ張られた。
彼の瞳は真っ直ぐなのに、あの時――横浜の時、のような翳りがあった。

「白いものを黒く染めたい性分らしいよ」「嘘」

返事が早かった。思わず、私は目をそらしてしまう。

「……こんなに密着してるんだ、動悸。息遣い。目線。それだけで嘘ってわかる」

今度は無意識じゃなく、髪を引っ張られる。痛いよ、と笑ってみるも彼はその力を弱めない。

「――もし、今の質問が俺じゃなく、名探偵ならちゃんと答えたのか？」
「どうだろうね、って言ったら？」
「……お前をこの場で溺死させる」

思った以上に恐ろしい回答だった。ヤンデレさんかな。なんて余裕ぶっこいてみると彼は髪から手を離し代わりに首に手を添えた。

「窒息死もできるぞ」
「どうしてそんなに殺したいんだ……。私が悪かったです、実は理由なんて知らないんだ」
「ああ、そう」

やっぱ俺今日おかしいな、と弱った風にいう快斗。
首はまだ捕まれたままだがさほど恐怖は感じない。

冷たい指が首輪のよう、そんな錯覚を起こす。

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