気まぐれボイジャー【豪炎寺修也】第八章 (ページ32)

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２９８話#　駆け抜けていく季節ページ32

#国立大学#

～Aside～

8月。夏休みの真っ只中。

セミの鳴き声がキャンパス内にこだましていた。

真夏の太陽を見上げて、目を細める。

腰かけていたベンチに寄りかかると、ベンチの前にしゃがんでいた研究室の仲間が言った。

「しっかし暑いわねぇ。溶けそう」

A「人類の体内の６０％を水分が占めている、だがそれらは固形ではない。更に人類は体全体を皮膚という器官で覆われている。よって、溶けることなどありえない...」

「なーにブツブツ言ってんのよA。あんたこそ溶けそうよ」

彼女は地面に並べられた研究用の小さなビーカーたちから目を離さない。

あたしは太陽を見上げたまま、白衣の袖からのぞいた右手を空にかざしてみた。

夏の陽気が好き。

それは昔から変わらない。

陸上に明け暮れた中一の夏。

サッカーと出会った中二の夏。

夏期講習に通いつめた中三の夏。

そして、学業で充実させた高校三年間の夏。

いくつもの夏が駆け抜けていく。

その中で、忘れられない夏がある。

A「ねぇ、知ってる？ギリシャ神話にはホーラっていう時間の女神がいて、この世界の季節の秩序はそのホーラによって守られてたんだって。あたしがホーラだったらよかったのに...そうすればあたしの好きなように、時間を支配できる...」

そして、時間を止めて、永遠にあの夏に生きていたかった。

サッカーボールを追う掛け声とセミの鳴き声が交差して、鮮やかな緑色に彩られたフィールド。

大切な人と出会ったあの夏。

なーんてね。

あたしは自分の人生に後悔をしていない。

やり直したい夏なんて１つもない。

仲間がビーカーから顔を上げて振り向いた。

「だったらこの暑苦しい季節を早く終わらせて頂戴。まったく、夏休みなのに室外で実験結果の調査に来させるとか。日焼けしたらどうしてくれるのよあの教授...」

A「ちょっと資料見せて」

「やっとやる気になったか」

ベンチから立ち上がって、白衣を軽くはたく。

空は、どこまでも青かった。