賢プロ所属の谷山夫婦 3 【谷山紀章】 (ページ36)

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自分の機嫌は自分で取る。それがもうすぐ30年を迎えようとするそれなりの人生で培われた考え方とスキル…のようなものだ。

自分が思うままにやりたいことをやる。それがただ一つ決まっているものだった。
気が向いたらやる、飽きたら途中でもやめる。要は自分の欲望のままに行動する。

手始めにスマホは家のソファーに放り投げた。
目についた彼の指輪をパクった。
仕舞い込んだシークレットブーツを引っ張り出した。
鍵は戸締まりしてから、ポストの中に放り込んだ。
手に持ったのは財布だけ。
いつもより高い視線で家を飛び出した。

この時ばかりは何も知らない振りをする。
今日の夕飯も、帰ったら片付けようとしてた洗濯物も
待っていてくれたであろう彼のことも何もかも。

知らねー知らねー知らねー。
知ったこっちゃねーよ。

自分の感情で手一杯なのに、他の何かを考えたり出来る余裕なんざ持ち合わせてるわけねーだろうよ。

人が居ないところを目指す。
出来れば静かで、不機嫌丸出しの私に声を掛けるようなKY共がいないとこ。
今度はタトゥーシールでも貼りつけよう。その今度がいつかは知らないが…覚えていたらそうしよう。

箱を弄ぶ。

あまり人が居らず、物好きで無ければ入ってこない場所。そんな場所に入るには自然な物。
高価な割に自分のためにならない、と言えば真っ先に思い浮かんだものはそんなモノだった。

ガチャリと案外重たい扉を開く。
こんな感じなのかと軽く見回して、人影が目に入る。

｢どーも｣

『…どうも』

バチッと目が合ってしまえば、無視するのも変な話。
なんだ人が居たのか、なんて感想は口に出さなかっただけマシだろう。
予想が外れたな、また違うとこでも探すか。

｢やめときなよ｣

『…』

投げ掛けられた言葉に、扉を開ける手が跳ねる。
何をだ？今やってること？しようとしてること？何をしたって関係ないだろうが。

｢ここらへん喫煙室ここしかないよ？｣

『…へ？』

｢へ？って…だって吸いにきたんじゃないの？｣

手に持ってるじゃん、それ。

｢切羽詰まってるなら
このただの”おじさん”で良ければ話を聞いてあげるよ｣