それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

十一 ページ12

修理を終え、雨漏り一つしなくなった
天井を満足気に見上げていると
Aが「お疲れ様でした」と言いながら
焙じ茶を出してくれた。

礼を言って受け取り、一口飲めば
身体が緩く休まるのを感じた。



「隙間風も減って、家の中がより暖かくなった気がします」
「そうでござるな。それに、音も入りづらくなった」
「音……ですか？」


Aが目を閉じ、耳を澄ませる。
少しして「確かに、前より静かになったかも」
と呟いてから、目を開けた。


「楓原さんは耳が鋭いんですね」


感心したように言ったかと思えば、
Aは脱衣所の方へと向かっていった。


湯浴みではないだろうし、
何をするのだろうかと後を追うと
Aは屋内に吊るしていた洗濯物を確認していた。

それは拙者の元々着ていた衣類であった。


「この天気のせいか、なかなか乾かなくて。囲炉裏の近くに持っていってみます」
「手伝うでござるよ」


運び役を買って出ながら、
一体いつ洗濯を終えたのだろうか、と
考え、恐らく朝方だろうと予想する。

Aは何時に起きていたのか気になり、
そのまま尋ねてみれば「5時半頃、ですかね」
と答えてくれた。

拙者が起きたのは7時半頃だから、
2時間も早く起きていたということか。


「いつもそんなに早起きなんでござるか？」
「そうですね。それに、一度目が覚めるともう寝付けないというか……あ、でも今日は少し張り切っていたのもあります」


浪人様をもてなしたくて、と
照れ笑いするA。


「両親がいなくなってからは、一人でしたから……ふふ、私、一人のときは結構適当なんですよ？」


Aは拙者が見ている限りでは
殆ど休みなくテキパキと働いていた。



「そう気張らずとも、拙者は屋根を貸してくれるだけで有難いでござるよ」
「いえ、私がしたいからそうしているんです。……楓原さんこそ、そんなに遠慮しないで……もっとくつろいでいてくださって構わないんですよ？」



そういうわけには、と反射で返せば
彼女はまた、鈴が転がるように
くすくすと笑っていた。

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