それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

十七 ページ18

「うぅ…………あれ……」
「目覚めたでござるか」




Aのまだ微睡んだ眼が、
朧げに拙者を捉える。

状況が把握出来ていないらしく、
Aは「楓原さん……？」と困惑しながら
拙者のことを見上げている。


「湯に浸かりすぎたのか、Aは逆上せ、倒れてしまったんでござるよ。具合はどうでござるか」
「のぼせ…………えっ！？──い゛っ！」
「っ、たたた……」

事態を把握したのか、
ガバッとAが起き上がる。

その際、Aを覗き込んでいた拙者と
Aの額が派手に衝突した。
お互いにジンジンとした痛みが額に宿る。


「うぅ、すみません……！」
「平気でござる……それより具合は」
「ああっ……そっちもすみません、私ったら……。考え事をしていたら、うっかり時が経つのを忘れてしまって……」


今にも泣きそうな、申し訳なさそうな声で
Aが頭を下げる。


「とんだご迷惑を……」
「いや、拙者こそ……その、緊急であったとはいえ……」
「……？」


お主の身体を見てしまった、と
正直に言い、拙者も頭を下げた。

するとAは今になってそれに気付いたらしく、
ぶわっと顔を赤くしながら、
顔を隠すように口元を押さえた。


「ううう、お恥ずかしいものを……いえ、ですが、どうか気になさらないでください。私を助けるためにしてくれたことでしょう……？」
「そうではあるが……」
「いいんです、減る物ではありませんから……」


そうは言いつつも、
Aは顔の熱が冷めないようで
しきりに頬を触って、落ち着かない様子だった。

拙者もそれに釣られてしまい、
少し熱を覚えながら、何処か気まずげに
顔を逸らしてしまう。

しかし沈黙になってはより気まずい。
何か話題を、と思考を巡らせた。


「……その、何か悩みごとでもあるのでござるか？」
「え？ ……あ、……いえ、そう大したものではありません。……ただ漠然と、先のことを案じてしまっただけで……」


Aも沈黙してしまうのは避けたかったのだろう。
遠慮がちにそう言うと、少し落ち着いたのか
小さく息を吐いていた。



「考えたって、仕方の無いことなんですけれど……楓原さんを見ていると、少し夢想してしまって」
「夢想、でござるか」
「はい。……もう、叶わぬ夢ですが」

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