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送ってく、と一言だけ告げて、断り続ける彼女を強引に車へ乗せた。道中は静かだった。窓から外を見る彼女が何を考えているのかなんて、一生俺には分からない気がした。
葵さんが住むアパート前。到着してしまった。ありがとう、と短い言葉を並べた彼女は、俺の目を見ようとしなかった。
「ねえ、西川くん」
選手じゃなくなった。プライベートのときは、選手と呼ばなくなる葵さん。時々、ごちゃごちゃになってしまうらしいが、彼女なりの切り替え。ただ、久しぶりに西川くんと呼ばれて、どきっとしてしまう俺がいた。
「もう、私に構うのはやめてほしい」
「…は?」
困ったように笑う彼女の瞳が揺れた。今度は真っ直ぐに俺を捉えて、強く握って離さない。向かい合う視線から逃げられなくなった。
「私みたいなおばさんじゃなくて、もっと若いかわいい子を構いなさいよ」
「葵さんやて、そんな変わらんやろ」
「んーん。若い子からしたら、私みたいなのはおばさん。若いってだけで有利だと思ってる子は多いの」
「そんなん俺には関係あらへん」
「…そうかもね。ただ、私は関係してる」
「俺が話しかけるのは迷惑や言いたいん」
「………うん、はっきり言っちゃえばそういうことになるのかな」
「……」
「肩身が狭いよ。西川くんが構うから、妬まれて疎まれて…私、ちょっとしんどい」
「なんやねんそれ」
「西川選手に近付かないで、おばさんのくせに色目使って、って言われるの。そんなつもりないって言っても、火に油を注ぐだけって分かるから、ぐっと耐えることしかできない」
私の気持ちも分かって、と泣きそうに笑う彼女は、こんなにも頼りないひとだったのだろうか。
彼女の思いを聞きながら、俺は段々苛立ちを覚え始めた。彼女を傷付けるひとに、それに耐え続ける彼女に、何もできない俺自身に。すべてに、苛立ちを覚えていた。
離れられないんだ。俺は。距離をとってしまったら、彼女はあっという間にどこかへ飛んで行ってしまう。
「送ってくれてありがとう、またね」
もう本当のさよならかもね、そう付け足して。彼女の憂いを帯びた声が少し震えた気がした。
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aoi(プロフ) - りょうさん» りょうさま、こんばんは*コメントありがとうございます。いつもあたたかいお言葉、本当にうれしいです。これからもそう言ってもらえるおはなしを、書いていけたらなあと思います! (2019年11月7日 20時) (レス) id: fdd157f3df (このIDを非表示/違反報告)
りょう - 更新ありがとうございます。やっぱりaoiさんの文章大好きです…きゅんきゅんしながら読み返しました。これからも楽しみに更新お待ちしてます! (2019年11月7日 1時) (レス) id: 087b3fd508 (このIDを非表示/違反報告)
aoi(プロフ) - りょうさん» はじめまして*こちらこそ、もったいないお言葉ありがとうございます。これからも読みたいと思ってもらえるおはなしを、描いていければなあと思います!コメントありがとうございました* (2019年10月23日 21時) (レス) id: fdd157f3df (このIDを非表示/違反報告)
りょう - はじめましてaoiさんの野球選手小説大好きで、何回も読みに来てしまっています。また新しいお話を書いてくださるのを楽しみにしています! (2019年10月23日 16時) (レス) id: 087b3fd508 (このIDを非表示/違反報告)
aoi(プロフ) - りんさん» コメントありがとうございます*気が向いたら、おはなしを思いついたら、書きたいなあとは思っています。はっきりと言えませんが、また遊びにきてくれると嬉しいです* (2019年7月30日 22時) (レス) id: 3dc625fcb2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:aoi | 作成日時:2019年2月18日 23時