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苛立ちが頂点に達しかけたとき、廊下のほうから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
彼とほぼ同時に廊下を向くと、お前が窓に手をついて手招きをしていた。
「…じゃあ、僕行くから」
机の上の鞄を乱暴に掴んで、彼女のもとへ向かう。
帰ろうとか、彼女に向かって何か言ったほうが良かったかもしれないが、言葉は何も出てこなかった。
無言で彼女に背を向けて、歩みを進める。
彼女は隣に立ち、寄り道するかとかいろいろ声をかけてきていつも通りだ。
「…別に、……お前に任せる」
じゃあコンビニ寄ろう。お前はちょっと嬉しそうな顔をして、新作のデザートが出たんだと話す。
「………さっきは、ありがと。…呼んでくれて」
校門をくぐって、ようやくいつものトーンで声が出る。
お前はやっぱり変わらないまま「どういたしまして」と笑った。
そのあとにさっきの男子生徒の話題を持ち込む。
「……ん、あいつ、うざい。……それに疲れる……」
「…僕にはお前だけでいい。…気にかけてくれるのも好いてくれるのもお前だけでいい。他には何もいらない」
他の人間なんて微塵も信じられないけれど、お前は違う。
僕のことを、考えてくれる。
自分の気持ちをちゃんと僕に伝えてくれて、僕の気持ちもちゃんと聞いてくれる。
「？…何、急に。野良猫の話して…。……はっ!?僕が野良猫みたい…ってどういうことだよ!?」
「みたいだった」お前はそう釘を打つように言うが、問題はそこではない。
野良猫って…。
ここら辺でもたまに見かける猫のことを思い出す。
あれと僕がどう似ているというのだろうか。
「そりゃ、昔こそお前にも刺々しい態度とってたけど…。今はもう違……ちょっと、手懐けたとか言わないで」
手懐けられてるとか、飼い慣らされてるとか…事実と言えば事実なんだろうけど…。
なんとも腑に落ちない。
動物扱いは初めてで、変な感じだ。
…でも、
「…こんな姿見せるの、お前にだけだからな」
「………そ、お前だけ特別。…嬉しいでしょ?」
悪戯に笑うと、お前はやっぱり頷いてくれる。
「最後までちゃーんと、僕の面倒見てよ?ご主人様?……ちょっ、そこは頷くところでしょ！悩まないでよ！」
噴き出す彼女につられて、僕も思わず噴き出した。
ちょっと前まで暗かった視界が、今はこんなにも明るい。
「もう…」
可愛いやつだな。
それは照れくさくて言葉にならなかった。
――――
海の底にいた王子様
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作者名：不雲綺
| 作成日時：2017年7月21日 17時
